てきすと のコピー のコピー のコピー | ナノ



贖罪のミンネ






街でも比較的治安のいい一角に、イタルが現在支部長を務めている<スコア>密売組織の事務所はあった。厳重な警備の敷かれたそこのもっとも奥まった場所で、イタルは手元の書類を捲っている。近頃、どこかきな臭い噂が聞こえてくるようになっていた。簡単にいえば縄張り争いだ。イタルの属するこの組織は、支部長同士が潰し合っても<スコア>の売上金さえきちんと上納すればそれほど文句は言ってこない。

なれば、縄張りは広いほどいい――、というのは、誰もが思うことであった。だからこそ闇討ちによって前任が死に、空いたこの支部長というポストにイタルが収まった時から、イタルは近隣の同僚たちによく思われていない。そんなこと、とうの昔に知っていたことだった。

「…おい」

例によってそばで控えているセンリを呼びよせる。はい、と花が咲くような笑顔で笑って、センリはイタルの机のそばまで寄ってきた。この男が任されている、<スコア>輸送ルートの清掃整理はいつも、驚くほどの速さで終わっている。だからこそこの男は、こうしてまるで番犬のようにこの部屋に控えているのだけれど。

「ここで<スコア>が二箱、消えたと?」
「はい。…経理に修正したあとが見えました。おそらく、賄賂かなにかが動いたのかと」
「…シンジョウのシマか」

純正品の<スコア>ともなれば、ダンボール二箱もあれば家の一軒は確実に立つ。その分管理も厳しいのを、どうやらシンジョウはうまく誤魔化したらしい。しかしイタルが各所に放っている間諜は、しっかりその情報を傍受してきたようだった。今頃ほくそ笑んでいるであろういけ好かない同僚の顔を思い出し、イタルはいらいらと爪を噛む。

「何を考えている?…、不審な動きがないか、調べろ」
「それでしたら、もう何人か調査に行かせています」
「…ならいい」

機会さえあれば虎視眈眈と互いを蹴落としてやろうと思っているそれぞれのシマの構成員たちは、こういった荒事の気配になるといつも威勢がいい。どうせ人当たりのいいセンリの表の顔に騙された血気盛んな男たちが、良いように操られて街中を走らされているのだろうと容易に想像がついた。センリはことイタルのそばに控えることになると、どんな面倒も厭わないふしがある。

イタルは末端の売人たちの動きを追った書類を捲りながら、そっと視線を持ち上げてセンリを窺った。かれはそのきらきらと輝く瞳でもって、じっとイタルを見据えている。視線が合うと、蕩けるような笑みを向けられた。朝、イタルを起こすときにはいつも、センリは石鹸の匂いしか漂わせていない。清潔で染みひとつないスーツに身を包み、きれいな指先でイタルを揺り起す。イタルが眠っている間、かれがどんなことをしているのか、知らないわけではなかったけれど。

今日も飛び込んできたニュースは、いつものように町はずれでギャングたちが虐殺されていたというそれだった。いつのまにか面白半分の報道機関に世直しのための犯罪組織なんてあだ名をつけられているその行為は、言うまでもなくセンリが破壊衝動を満たすために行った単身でのことだ。複数人がやったとしか思えない支離滅裂な手口も、センリの戦い方を思い出せば疑問はない。

「…」

いけ好かない組織の先輩格、シンジョウの姿を思い出し、イタルは小さくため息をついた。どうにも、かれは死ぬ気がする。哀れなものだ。昨日のセンリの、あの殺気を浴びてもなお、イタルの縄張りに手を出そうとする。愚か、としか言いようがなかった。

センリの携帯電話が着信を知らせる音を上げた。かれはすみません、とイタルにひと声かけてから、それに出る。意識をかれから引き離し手元の書類を眺める作業に没頭しながら、イタルはもう一度嘆息をした。イタルの周りでは、たくさんの人が死ぬ。それはたとえば女ですらないイタルを売女と罵った男であったり、その若さでその立場まで出世するのには訳があって、と下世話な噂を吹聴していた男であったりした。きっとセンリのなけなしの自制心は、「イタルの邪魔になった」というかれの絶対の大義名分で容易く崩壊するのだろう。

「…わかりました。連絡御苦労」

通話を切ったセンリが、イタルの机の前までやってくる。書類に影を落とすその長身に気付いて顔を上げたイタルに、センリは例の、蕩けるような微笑みを浮かべながら言った。

「シンジョウは、<スコア>を裏に流した金を使って武器弾薬を揃えたそうです。…おそらくは今夜、こちらに仕掛けてくるかと」

輝かんばかりの笑顔は、正直だ。この男のもう一つの厄介な側面が、うずうずと動き出したそうにしているのがわかる。

―――イタルの敵を、排除する。
その身を剣とし、矛として、イタルの道を切り開く。かれに酷い興奮と満足感を与えるらしいそれは、決まってイタルの言葉を待っていた。センリはイタルに認められることが、嬉しくてたまらないらしい。

「―――おれに命令を、イタル」

立ちあがって窓辺に寄ったイタルのそばで、センリは片膝を付いて頭を垂れた。その後頭部を見下ろして、イタルは低くため息をつく。操りやすい隣の縄張りの長は、ついに御役御免となり果てそうだった。惜しい、と思う。…こうなれば最後の最後に、全ての情報を吐いてもらわなくては。…イタルは酷く冷静に、かれの忠犬に、かの従順な刃に何と指示を出そうか思案にくれた。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -