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リフレイン
すれ違う幼なじみ



幼馴染のあいつと一緒に登下校をしなくなったのはいつからだろう。中学のクラス替えで離れた時?それとも、文化祭の準備で登校時間がばらばらになったのをきっかけにして徐々に?どっちだったかももう思い出せないけど、しばらくこの道をあいつと歩いていない、と思った。

なだらかな丘陵地帯が続く田舎道を歩きながら、最近はよく昔のことを思い出す。長い登下校の道が辛く感じるようになったのはいつからだったっけ。いつの間にかあいつが遠い存在になったのはいつからだったっけ。学年で一番可愛い女の子とあいつが付き合いだしたと聞いて、凄く驚いたと同時に寂しくなったのは記憶にあたらしい。

あいつのことを何でも知ってると思ってたことを思い出したせいかもしれない。つい先日、あいつがその子を振ったって噂が流れてきたとき、周りの友達の会話にあいつの名前がたくさん出てきたとき、もうあいつは俺のしってるあいつじゃないんだって俺は思い知ったんだ。

もうひとりの道には、慣れた。

俺が小学校からの帰り道で派手に転んだとき、あぜ道にランドセルを投げ捨てて泣きわめく俺をおんぶして家まで全速力で走ってくれたのを、思い出す。喧嘩をしてそっぽを向きながら、けど十メートルも離れてない距離でお互いに意地を張り合ってたのも。学校であったことを笑い合いながら話していた、ことも。

ほんとうは、心のどこかであいつとずっと一緒に居られるって、思ってたのかもしれない。少なくともこうして会話もまともに交わさないような仲になるなんて、想像もしていなかった。高校生にもなれば他に交友関係も広がるかもしれないだろうけど、あいつだけはあいつってカテゴリのままで、いっしょにいられるって。そんなふうに、思ってた。少なくとも、もう何年も一言も会話してませんって、そんな風な仲になるなんて、ちっとも思っちゃいなかった。

「…はは」

我ながら、湿っぽい。女々しい。重い鞄を背負う手に力を込めて、俺は早足になった。薄暗い帰り道は、車通りもないこの道だととても静かで、退屈だ。考えごとばかりしてしまう。

家までは、もう遠くない。母さんもいい加減に、「あんた、たっくんはどうしたの?」とか、「たっくん最近見てないけど、元気?」とか、そんなことを聞いてくることもなくなった。相変わらず母さん同士は仲がいいみたいだけどさ。母さんが、今日はたっくんのお母さんとね、なんて話し出しては気まずそうな顔をして黙りこむことにも、もう慣れてしまっていた。

いつまでも、じゃれあう子犬のままじゃいられない。どんなに一緒にいたって、他人は、他人だ。あいつの知らない友達ばかりになって、あいつが知らない友達といても、もう胸は痛んだりしない。いつの間にか明るくなった髪色を見ても、もう変に傷ついたりはしない。俺だって、大人になった。

「…」

足を、止める。
ようやっと家の前に辿りついたってのに、今まで急いで帰宅しようとしていた足は錘がついたように動かなくなってしまった。明かりのついた我が家の前に、人影。橙色に光を反射する明るい髪。ずいぶんと伸びた背。俺と同じ、制服。

目を眇めて俺の家を見上げる横顔には、痛いくらいの見覚えがあった。

「…あ」

俺の気配に気付いたのか、小さく声を上げて振り向いた、その男。分かっていたのに真正面から向き合ってしまうと、何も言えなくなった。

「……よ、よう」

ぐしゃり、と傷んでいそうな金髪に手を突っ込んだあいつが声をかけてくる。強張った顔を無理やり下に動かして、俺は辛うじて首肯だけをした。

「…元気だったか?」

間近でみると。
あいつの顔は、ちっとも変わっちゃいなかった。身長差だって逆転することはなかったし、色が変わっただけで、髪型もそのままだ。違うのはただ、その顔に張り付いた、さみしそうな笑顔だけ。俺の知らない、笑顔だけ。数年振りの会話は、そんなよくある世間話みたいに始まった。

「…元気だよ」

ずきずきと胸が痛んで、俺は歯を食いしばる。何でだ。何でこうやって、せっかく忘れようと努力してたってのに、鮮やかに俺のなかに昔の思い出を蘇らせる。俺は、むしょうに腹が立った。

「…」
「……」

視線が剣呑になるのが、自分でもよく分かる。憎たらしい、と思った。もう俺の手を引いてはくれないで、さっさと先にいってしまったくせに。俺のことを置いてったのに、なんでさも俺が悪い、みたいな顔をしてるんだ。なんでそんな、傷ついた、みたいな。

「…なんか、用」
「いや、…べつに」
「…そう」

喧嘩別れをしてたんなら、よかったのに。ぎこちなく謝罪の言葉を投げかけて、もしかしたら『友人』にはなれたかも、知れないのに。俺たちは、成るべくしてこんなふうに疎遠になった。今更語れることなんて、俺は何一つ持っちゃいない。遠ざかったあいつのことを、眩しく眺めることしか出来なかったんだから。

過去の郷愁を振り払うように家のドアに手をかける。背中にあいつの視線が、突き刺さるのが分かった。それに気付かないふりをして、一息に扉を開けてしまおうとして。

「―――なあ」

鞄で重い左腕を、燃えるように熱い掌で掴まれた。ドアノブが指先から零れる。その冷たさに追い縋るように指を伸ばせば、それごと反対の手で掴まれた。相変わらず上背のあるあいつとドアの間に完全に挟まれる形になって、俺は身体を強張らせる。背中に密着するあいつからは、よく知るなつかしい匂いがした。

「…やっぱり、だめだったんだ」

囁くような声音でもって、あいつはそう俺に告げた。夏祭りの帰り道、買ったばかりの綿あめを落としてしょぼくれる俺に半分自分のを分けてくれて、手を引いてくれたときのことを思い出す。その時も、こうやってこいつは俺の耳に、裏山に花火を見に行こう、なんて囁いたんだっけ。

心臓が、うるさい。

「…だめだったんだ、おまえじゃなきゃ」

そう言って無理やりに俺の身体をドアノブから引き離したあいつは、そのまま俺の腕を引いて歩き出した。小さいころよくランドセルをそうやって放り投げて遊びに行ったように、俺の家の前に俺とあいつの鞄が転がる。

「な…、んだよ、それ…」

忘れようと、思ったのに。
答えるかわりにあいつの声が言ったのは、そんな、泣きだしそうな言葉だった。止まった時計の秒針が、動き出す気配がする。俺は、ひどくそれに怯えた。









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