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ソロモンの予言
優男×不良



「僕のパートナーはきみしかいないんだ、ユーゴ」

うっとりと笑いながら俺の手を取るこの男を、どうしてくれようか。
貧乏な親が一攫千金を夢見て俺を放りこんだ魔法学園、もともとけんかっ早く自分でも魔術師なんてガラじゃねえだろと自覚していた俺に頭痛の種が出来たのは、入学直後のことだった。俺の前に現れ、多数の目撃者がいる中いきなり愛しているなんて抜かしながら俺額にキスをし、そして俺に渾身の力で壁に叩きつけられたその男。どうやら俺の持つ魔力の匂いが好みだったらしいこの頭のおかしい男は、俺を『鞘』に選びたいらしい。

この男、今俺の手の甲に唇を付けやがった(きもい)野郎の名前は、スタンダールという。この魔法学園、同学年に千はいる生徒の総代を務めやがっている天才だ。おまけに女どもが放っておきゃしない整った容貌、穏やかな物腰、どう見ても優男である。そんなやつが今しがた肩がぶつかったとかいって俺の数少ない友人にいちゃもんをつけたバカどもを黙らせていた俺の手を取って、うめき声の中でキスなんてしやがる。俺も自分で何が起こってんだかわかんねえから、とりあえず思考を放棄した。周りでまた、ざわざわとざわめきが起こり始めている。最初は俺の喧嘩のギャラリーだけだったはずの周囲は、すでに黒山の人だかりだった。

「きめえんだよ!」

スタンダールの頭をひっつかんで、放り投げる。魔力まで使ってかなり遠くまで投げたつもりだったのに、ヤツは天井に激突するよりさきに魔法陣を展開させてかろやかに俺の前に再び着地してみせた。まじでうぜえ。

「その魔力、破壊力、それにその性格も!どれをとっても愛おしいよ!」

全身の毛が逆立つ感覚とは、たぶんこのことをいう。

「だからきめえって言ってんだろうが!!」

渾身の力を込めて振りかぶった炎を纏わせた拳を、ひらりと広がった花弁が受けとめた。その奥ではしたり顔をしたスタンダールが、にこにこと笑って芝居がかったしぐさで両手を広げている。俺の魔力が、先生がたとえてくれたように尽きることを知らない湧水なら、この男のそれは瀑布だった。その身に荒れ狂う魔力が、たぶんこいつのまともさを食い潰しちまったんだろう。かわいそうに。でもきもいものはきもい。

「僕と組もう、ユーゴ」

入学してから毎日のように聞かされていた雨あられのような告白の台詞とこの言葉、もう耳にタコが出来てしまってるに違いない。金獅子ユーゴと聞けばこの学園の誰もが震えあがるような、恐ろしい不良である俺とこの男、生徒総代の組み合わせは、もはやこの学園の名物になってしまっていた。三年も経てば、それは俺も認めざるを得ない。

「そうすればもう何も恐れることはない。そう思うだろう?」

この世界に欠かすことのできない存在、魔術師。三百年前突如として現れた異形の魔物どもを取り巻く結界を破壊することが出来る、救い手。生まれ持った才能でしか得ることのできないそれらに恵まれた人間だけが、この学園へと入学して、三年間魔術のなんたるかを叩きこまれて世界各地へと散っていく。

だが、たとえばこの男のような類まれな力をもった魔術師は、別だ。

「僕の『鞘』は、きみ以外考えられないんだ」

ソロモンの子。世界の各地にいくつもある魔物の巣へと飛び込み、それらを断絶する仕事をする人間にだけ与えられる尊称。政府から手厚く保護され、様々な特権を持つ全魔術師の憧れの的。ごく一部の生徒だけが手にすることが出来るその権利を、この男は言うまでもなく持っていた。

―――ソロモンの子になれば、親兄弟を飢えから救ってやれる。その望みはすでに、儚く断たれているってのに。

「危険なんて何一つないよ。僕が必ずきみを守る。だから、ね、ユーゴ」

スタンダールはだのに俺を、そこへと連れていこうとしているのだった。三年前から、ずっと。自分がソロモンの子に選ばれると確信していたらしいこの男は、入学以来こういい続けてきたのだった。

『鞘』になれ、と。

その身をすべてソロモンの子に捧げ、共に死地へと赴き、魔力でもってそれを助く。自身の高い魔力ゆえに魔術の暴走を起こしがちなソロモンの子を止める、その名の通りの『鞘』。スタンダールは、それに俺を請うているのだ。

この学園には無論、『鞘』になるために鍛錬を積んでいる者たちも山ほどいる。俺よりもっとずっと才能のある人間だっている。そもそも俺には、喧嘩をし有象無象を怯えあがらせるくらいしか、能がない。

「僕は、きみ以外の『鞘』を見つける気はないよ」
「…ゲス野郎が」
「なんとでもいってくれ。僕はきみを手放すつもりはない」

そもそもお前のもんになった覚えはねえんだよ!咆哮しながら業火を纏った火炎弾をいくつも飛ばせば、スタンダールはふふふなんて気持ちのわるい笑い声を上げながらそれらを水で包みやがった。俺は魔術ではこいつに逆立ちしたって勝てねえし、こいつもそれを分かっている。せめて一発くらい殴りたくて拳を固めれば、その手を握られた。

「…きみが『鞘』になってくれさえすれば、きみの家族に手厚く援助をする。政府にそう約束をとりつけてる」

滅多に見られねえ魔術での喧嘩、んでもって総代さまの魔術に熱狂する周囲に聞こえない小さく低い声で、スタンダールはそう言った。

「もちろん、きみの父上もだ」
「…!」

父上。…謂れなき罪で囚われた、地方の町のまえの町長だった。政争での失脚によって没落し零落し、兄弟の糊口すら凌げないほどに貧乏になった家はいま、辛うじて俺がここで手にした幾許かの金で生計を立てている。働こうにも街は俺たちの家族を拒絶し、囚われの身にある父が街を離れることを俺たちには許さない。

―――それを。

俺の身ひとつで、救えるのだとすれば。

「…初めてきみを見たとき、魂が震えたんだ。ああ、かれが僕の『鞘』なんだって。…これは、運命なんだよ」

うっとりと笑んだ男は俺の返答を待っているようだった。その手の中には俺の最愛の家族の命。他に俺が持ってるもんなんか、なにひとつねえ。俺は魅入られてしまったのだ、淫靡に笑むこの美しい男に。

「…僕の『鞘』になって、ユーゴ」

卒業を一カ月後に控えたその日、俺は自分を棄てた。








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