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アリゾナは思ったよりも暑かった。昴からの電話どおり、薄着にしてきてよかったと思う。空港について荷物を受け取って、俺はがやがやと英語が行き交う空港を見回した。

―――あれから一年経った。

俺は人が変わったように猛勉強を始め先生たちや友人を驚かせ、まして留学するとか言い出したもんで親までびっくりしてた。結局一年で色んな試験を受けて死ぬほど忙しかったけれど、なんとかアリゾナの大学に進学をすることが出来た。昴もいっしょになってすごく喜んでくれて、それで、俺はあの日の約束通り昴を追いかけてアメリカに来たわけだ。

昴の方も、高校生の残りをやりなおして来年の入学を目指すらしい。研究室での日々はひどく昴に合っていたらしく、とても楽しそうだった。昴が楽しいと、俺も嬉しい。

「…わたり」

英語の洪水のなかでふいに名前を呼ばれ、俺は思わず足を止めた。声のしたほうを振りかえると、ベンチから立ち上がった昴が見える。…思わず目を見張って、俺は息を胸いっぱいに吸い込んだ。信じられないくらい好きなひとが、目の前にいる。

「昴」

思わずそばまで寄ってきた昴をぎゅっと抱きしめると、昴は困ったように俺の背中をぽんぽんと叩く。昴だ。…よく電話では話していたけれど、こうやって触れるのは一年振り。ちょっとくらいがっついてしまうのも、しょうがないと思う。

「あの、えっと、久しぶり」
「うん」
「…それと、おめでとう。長旅お疲れ様」

勉強の合間に、俺と昴はよく電話をした。大抵は昴が俺にたくさん話をしてくれたけど、昴に言われたとおり、俺もたまに覚えた星の話なんかをする。これは昴も知らないだろっていうようなことばっかり喋るのに、いつも間違って覚えてるとこなんかを昴に指摘されてばかりだった。やっぱり俺より星に詳しくなるのはむりだって、と昴が笑いを含んだ声で言うのが悔しくて俺は頑張ったんだけど、結局昴には敵わなかった。

星の話は、いつもとても楽しかった。昴がきらきらと楽しそうに話すから。俺は、そんな昴を好きだと思う。ほんとはずっと、ずっと好きだったんだ。何にも興味を持てなくてつまんないことばっかりだって思ってた俺を、昴が変えてくれたあのときから。何かに熱中してるってことがすごくきれいで、かっこよくて、すてきなことなんだと、昴が教えてくれたときから、俺は昴に夢中になった。

「渡里、えっと。とりあえず寮に荷物運ぶんだろ?手伝うよ」
「うん、サンキュ」

アメリカは車の免許を大抵16歳から取れるので、昴も最近免許を取ったらしい。車は親父さんの友人のものを借りてきたらしいが、それで俺の大学の寮まで荷物を運んでくれるって手はずになっていた。昴はほんの少し日に焼けて、前よりももっときらきらしてる。いつだって昴はきらきらしてたけど、やっぱりこの地での暮らしは昴に合っているんだろう。ほんのすこしさびしいけれど、昴が楽しいなら、俺もうれしい。それにこれからは俺だってここに住むんだ。そう考えると、あたらしい生活にひどく胸が高鳴った。

「でも、ちょっと見せたい場所があるから。寄ってもいい?」
「見せたい場所?」
「うん。つくまでは、秘密な」

ローウェル天文台やMMTなんかという、いかにも昴が好きそうな場所がアリゾナにはたくさんある。もちろん天文について勉強した俺はそれについての興味もあったけれど、それよりそこで昴がどんな表情を見せてくれるのか、俺は気になっていた。どんなふうにきらきら笑うんだろうって思ったら、その表情を見たくなる。

昴が意外と(って言ったら怒られた)危なげない運転で俺を目的地に連れていくまでのあいだ、いろんな話をした。アリゾナの四年制への留学ってことで地元の新聞まで取材にきたこと。昴がこの間送ってくれた、昴の撮った写真のこと。それから、昴がちょっとだけ笑いを含んだ声で、俺にいろんな星のクイズを出す。俺はそれに答える。最後の問題までちゃんと答えたら、ちょっとだけ拗ねたような声で、最後のはわからないと思った、なんて言われた。…俺はもう、昴も俺を好きでいてくれるって分かってるけど、それでもあの日言った「お前より星に詳しくなるから」っていうことばを実行したいのは、男として当然だと思う。まあ、昴にも昴のプライドがあるので、しばらく俺たちのこの緩やかな攻防戦は続きそうだった。

しばらく走って、車が止まったのは周りになんにもない小高い丘の上だった。なだらかな草はらのなかに、一本だけ大きな木が生えている。陽が落ちて、辺りは星空。息が詰まりそうなほど澄んだ空気は、ここアリゾナが世界一と名高い天文学の聖地であることを思わせる。ひどく、幻想的な光景だった。

「…最初に、連れてこようと思ってた」

あまりにもたくさんの星が見えるから、一目じゃどれがどの星かわからない。そのくらいの、星空だ。空はひどく明るい。空を辿り、はっと足を止めた俺の背中に、そっと昴が寄り添う気配がした。背中があたたかい。

「こっちに来て、はじめて、ここで双子座の写真を撮ったんだ」

背中ごしに、ちいさな声で昴がいう。俺は首を痛めてしまいそうなくらい仰のいたまま、頭上にきらめく星をみた。俺の一番好きな星だ。…きっと、昴もそれを知ってる。日本で見るのとはまるで違うその輝きに息を飲む。身体ごと昴を振りかえり、俺はたまらずぎゅっと昴を抱きしめた。

「…みえない」
「ん、もうちょっとだけ」

もう一度、昴とこの星を見てる。夢みたいだけど、夢じゃない。俺が初めてなにかに夢中になって、必死になって手に入れた、これは現実だ。その事実に胸が一杯になる。それを知らしめたのが、俺をひきつけてやまないきらきらした笑顔だから、なおさらだ。

「すばる」

俺の腕から抜け出した昴が、笑いながら俺の頬に触れた。それから唇に、かるいキスの感覚。触れたところからじわじわと熱が上がっていくのがわかる。頭上できらきらと、蒼くきれいな光が俺たちを照らしてる。俺のいちばん好きなものが、きらきら笑う。

艱難を経て星へ、こうして俺は辿りついた。幸福なことに俺は、世界にたったひとつ、この腕のなかに抱き締められる星の名前を、知っている。








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