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遅い夕餉を終えると、探偵たちには待ちに待った探索の時間が与えられた。洸はてっきりかの探偵さまがいの一番に駆け出していくと思っていたのだが、かれは洸に部屋に戻れ、と耳打ちしたっきり、従順な助手を演じてそのあとをついてくる。

かれらしくもなく推論が外れたことに動揺したり、かと思えば手がかりを探しに行くでもない。相変わらずこいつの考えてることはちっともわからねえ、と洸が思考を放り投げたことを知ってか知らずか、郁人はじっと何かを考え込んでいるようだった。

「…で、なに。どうすんの」
「お前はまず三兄弟の自室へ行き、盗聴の魔石のマザーシップを取ってこい。こうなったらおれたちも盗聴する」
「…おいおい、あのサイズをどうやって、目立たずにここまで運べっていうんだよ」
「お前なら出来る。ていうか、やれ」
「…了解」

もともと拒否権などという大層なものを洸は持っていない。郁人が出来る、というのだから、多分出来るのだろう。見つかったところでちょっと気絶してもらえばいいか、という極めて楽観的思考を洸が進めている間、郁人はベッドに腰掛けてじっと考えごとをしているようだった。実に珍しいことに、腰には隠す気を失ったらしいレイピアをぶら下げている。基本的に荒事を好まない郁人にしては、とてもめずらしいことだった。

「何、そんなに危ねえの」
「たぶんな」
「…降りようぜ、こんな山」
「だめだ。…たぶん、おれたちじゃなきゃ解けない」

郁人はそう言って、じっと洸の目を見返した。そこには一分も付け入る余地などなさそうで、洸はそうそうに降参を申し入れる。わかったよ、といって、いざ盗聴の魔石の本体を拝借してこようと立ち上がった。そんな背中に、郁人の声が飛ぶ。

「……おれたちが解かなきゃ、解けないまんまだ」

それきり郁人は黙り込んだ。ひとつ息を吐き、洸は扉の外に身体を滑らせる。鍵をしっかり閉めてから、左右を見回した。この階は探偵たちの宿泊場所だから、この館の主人の居室(今回の殺人現場だ)やミシェルの部屋、そして探偵たちのいる部屋よりすこし豪華な空き部屋なんかがあるのは三階だ。三兄弟はどうやらそこに荷物を置いているようだし、主人殺害の混乱に乗じてすでに洸は一度そこに侵入を果たしている。

どうやら助手としての経歴が長くなるに従って盗人の真似ごとも、どうやら板についてきているらしかった。堂々と部屋に入り、だれもまだ手をつけていないらしかったマザーシップを肩に担ぐ。魔石の情報を集積するその機械はそれなりの重量だったが、この程度なら抱えて走っても問題のない重さだった。なにせ洸は、郁人を担いで走って逃げることにかなり慣れている。

「…」

かれの耳が拾ったのは、遠くから聞こえる足音だった。呼吸三つ分まって、洸は躊躇いなくその豪奢な装飾と大きなベッドの据え付けられた部屋の端まで駆ける。窓に手をかけ、そとに身を滑らせた。三階程度の高さなら、なんとか落ちても死なないだろう、という、そんな相変わらずの楽観的思考である。誂えむきに飾り窓だったものだから、洸はそこに掴まって器用に窓を閉めてみせた。正直探偵助手がなんでこんな軽業師のような真似をしているのかはちっともわからなかったが、そんなことを考えるのは洸の仕事ではない。

「っと…、あぶね」

雨で滑る壁に足をかけ、飾り窓の僅かな凹凸の上に踵を引っ掛ける。魔石のマザーシップは重かったが、これを持って帰ることが仕事な以上泣きごともいっていられない。屋上まで辿りついて、洸は何食わぬ顔で階下へと下りた。

「おや、洸さま」

平然と三階から二階へ続くらせん階段を下りていたら、そんな洸に声をかけてきたのは楼執事だった。どうやらまた、若き主人のかわりにもろもろの事務をやっていたのだろう。手にはたくさんの書類を抱えている。一礼したかれにかるく会釈をし、そしてすれ違おうとして、洸ははたと郁人から頼まれていたもう一つの仕事を思い出した。

「ああそうだ。アンタに聞きたいことがあるんだった」
「なんなりとお申しつけください」
「ここの使用人。素性を教えてほしい」

執事は突然の不躾な洸の問いに、それほど動揺した様子もなく答えてくれた。おそらくは他の探偵にも根掘り葉掘り聞かれたあとなのだろう。皺の奥に埋もれた目を細め、ひとつ頷く。

「メイドのひとりはお亡くなりになられた旦那様の、二番目の奥方さまがご実家から連れて参られたものです。もうひとりは私の娘でございます。来春にはお暇をいただき嫁に出す事になっておりまして」
「なるほど。あとはコックと、庭師の…ケイだったか?」
「はい、コックは山の下の街から雇っておるものでございます。ケイは、ミシェル様が下の街へ行かれた際、奉公人にすると連れてこられた方で。もう、五年も前になりますかね」

それだけ聞けたら、洸は満足だった。呼びとめて悪かったな、といって、階下に下がるかれの背中を見送る。頭のなかに関係図をメモし終えてから、部屋に向かって歩き出した。










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