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贖罪のミンネ






マンションを出て、センリは夜の街に車を走らせていた。まともな神経の持ち主はこんな治安の悪い街を夜に出歩いたりしないから、車通りは皆無だ。イタルの肌の白に浮いた赤を思い出し、どうしようもなく神経が昂る。イタルはセンリの毒だ。どれだけ時を過ごしても、センリの身体はちっともそれに慣れやしない。すこしでも気を抜けば、その身体をもっとあたたかくて赤いもので彩りたくてたまらなくなる。抱き潰してしまえそうな、麻薬の密売なんかにはとても向いていない細くて頼りの無い身体を、壊してしまいたくなる。壊して、他の誰の目にも触れされないようにして。…けれどそれでは、あのあたたかくていい匂いのするイタルが冷たくなってしまう。それを教えてくれたのもまた、イタルだった。だからセンリは我慢をする。

かれには到底及ばないようなモノでヒトで、かれのかわりの空虚を埋める。それはセンリの性であり、意味でも意義でもあった。夜の街で略奪と破壊を繰り返す<スコア>末期患者の溜まり場はすでに調べ上げてある。まだ指先に残るイタルの髪に触れた感触を確かめるように、センリはそっと自身の指先を撫でた。

街かどでは何百倍にも希釈してほかの成分も混ぜたのだろう<スコア>の煙が立っている。車から降りて少し歩けばげらげらと下卑た笑い声を立てている集団は、すぐに見つかった。その輪の中、おそらく哀れなことに今宵の犠牲者であったのだろう黒髪の少年が転がっていた。この国では最早、黒髪は希少だ。というのも昔、女たちはみな黒髪であったから。僅かに残り青少年を駆り立てる古い女の写真や映像のせいで、黒髪で華奢な少年ともあれば飢えに飢えた男たちの恰好の獲物になる。

「…」

僅かに息を詰め、最早生きているとは思えない少年をちらりと見る。先ほど映画のなかで死んでいった少女もまた、おそらく髪のいろは黒だったのだろう。それは、イタルもだ。イタルの生まれ持った髪のいろは黒である。それを薄い栗毛に染め、目立つ容貌を少しでも隠そうと自衛をしているかれが、どうしようもなく連想された。

口元が、自然、笑みを浮かべる。まだ髪が黒かったころのイタルを思い出していた。

血が見たい。あの時のように、血を浴びて、その黒髪の映える白い肌を朱に染めたイタルが見たい。そんな欲求を、こうして満たす。かれに嫌われないように、代わりにこうしてほかのもので代用をする。

イタルが好きだった。どんなイタルもだ。出会ったころ、よく似たかれの兄のとなりで屈託なく笑っていたかれも。センリの手を取り引いて、陽のあたる場所へと連れ出してくれたときの横顔も。度重なる研究にその表情を歪めていたのも。笑った顔も怒った顔も。そしてあの日、昨日までの仲間の血を身体中に浴びて茫然と立ち尽くしていた、その表情も。

思い返すだけでうっとりと表情がほころんでしまうそれを、噴き上がる赤と断末魔で彩っていく。それを思い返すうちに先ほどのシンジョウの行為を思い出してしまって、少しばかり力を入れ過ぎたせいで服にべったりと血が跳ねた。面倒くさくなって、センリは手加減を加えるのをやめる。遠慮なく脳髄を飛び散らせるようになった仲間たちを見て腰を抜かした<スコア>末期患者たちを、無感動な目で見下ろした。

不思議なもので。…最初こそ傲慢で剛毅であったかれらは、次々と仲間たちが死んでいくのを前にして、麻薬によって脳が麻痺しているとはとても考えられないほど、ふつうの人間のように死を恐れて錯乱する。

「イタル」

イタル、イタル、イタル。ふいにかれの名を呼ぶと、どうも歯止めが利かなくなった。途中から銃器を使うのもやめ、先ほどまでやさしくイタルに触れていた手で首を縊る。イタルは毒だった。致死性の毒だ。こうしてセンリの周りで、たくさんの人間が死んでいく。

「……、ヒッ」

引き攣ったちいさな声がして、センリは思わず手を止めた。が、とか、ぐぎ、とか、くぐもった声を上げて泡を吹いた男が吊り上げた腕の先で静かになる。これで最後、のはずだったのだけれど。

見れば、全身余すところなく血を浴びた黒髪の少年が、その瞳を大きく見開いてセンリのほうを見ていた。華奢な肩が、ひどく大仰に震えている。まだ息があったらしい。夜目にも白い大腿部を汚すものは、すでに血や肉にまみれて判別がつかなくなっていた。

―――似ている、と思った。
けれど、それほど似てはいない。きっともうイタルはセンリを前に恐怖でその瞳に涙を浮かべるなんてことはないし、何も出来ずに震えているのはかれの性には合わないだろう。きっとこんな、死を目の前にしたときでもかれは、高らかにセンリの名を呼び、不敵に笑うに違いない。外見的な部分ではひどくイタルに似ているが、どうにも行動がうまく合致しなかった。惜しい、と思う。これで毅然とセンリを睨みつけてきていたら、きっと背筋がぞくぞくするほどの昂揚だったろうに。イタルを甘く愛するときと、さほど変わらない興奮を味わえただろうに。

少し、迷った。
このまま素手を伸ばそうか、それともナイフを握ろうか、いいや銃で、と。けれどかれは震える四肢を叱咤して立ちあがり、よろめきながら走り出してしまったのである。追いかけることは、センリには容易いことだった。けれどそれをしなかったのは、ふと思ったからである。

―――あれを手にかけて、満足できなかったら?
イタルと較べて物足りなさを感じ、すこし満たされてきたこのこころが飢えに乾いたら?今頃あの、表向きには存在すら知られていないマンションの一室で眠っているだろうイタルのところへ、センリは帰りたくなってしまうかもしれない。それはだめだ、とセンリは思う。潔く黒髪の少年を見逃し、かれは夜の街に浮かぶ丸い月をぼんやりと見上げた。その円やかな白は、イタルによく似ている。













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