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8



渡里の目が見開かれる。俺は腕で目を覆った。なんのための天体観測か、わかったもんじゃない。じわじわと袖口が濡れていくのがわかった。

「親父のともだちの研究所を手伝うことになってる。むこうで大学にいって、たぶん、そのままずっと帰ってこない」

最後に謝りたかったから、電話したんだ。まったくもってひどい言葉を吐き終えて、俺はゆっくり息をついた。つめたい空気が肺にしみる。

「こんなんだったらもっと早く仲直りすればよかった。ほんと、最後まで、ごめん」

好きにさせてごめん。苦しませてごめん。ひどいやつでごめん。それでもまだどこかでこうやって全部伝えられて嬉しく思ってる俺がいた。薄情な奴め、と自分でも思う。

「…昴」

掠れた声が俺を呼ぶ。そろそろと腕を外すと、空のかわりに渡里が見えた。その顔を切なく歪めて、笑っている。見たことがないくらい、きれいな笑顔だった。

「ごめん。一個だけ嘘ついた」
「…?」
「ほんとはまだ好き。すげー好き」

両のてのひらで俺の、涙で冷え切ったほおを包み、渡里はそう言った。息が出来なくなる。なんもいえないまんまの俺に構わず、渡里は続けた。自分から渡里がこんなにしゃべるとこ初めて見た気がする。渡里から、なにかが好き、という話をきくのは、初めてのような気がしていた。

「追いかけちゃうかもしんないくらい好き」
「…!な、なにいってんだよ!ばか!」

俺と違っておまえは高校生なんだぞ。我に帰ってそういったのに、渡里は笑っただけだ。なんだかひどく清々しい顔で。

「だって、もうこんなに好きになれるもの、二度と見つからないと思う」

おまえにとっての星みたいに。
渡里はそういうと、俺の目をじっと見る。星と月の光しかないはずなのに、渡里の表情ははっきりと見えた。なにかとても大事なものを見つめている、その瞳がやさしい。

「昴」

迷った様子もためらった様子もひとつもなしに、そして渡里は口にした。その肩越しに流星が見える。きらきらと瞬く。

「お前は俺の星なんだ」

俺があの綺羅星を眺めるときのような思いを、渡里は俺に抱いてくれるのだろうか。俺の語った星の話は、かれと過ごした時間は、かれにとっても、あの星のようにきらめいていたのだろうか。考えると、もう駄目だった。胸の奥の奥で生まれた熱い澱が、俺の胸を熱く震わせる。咽喉を塞ぎ、涙を溢れさせる。

「卒業したら追っかけるからさ、それまでに昴よりずっと星に詳しくなるから、そしたら俺のこと、好きになってくれる?」

…続いた渡里の言葉に、思わず泣き笑いが漏れた。ばっかじゃねえの、赤ん坊のころから筋金入りの天体オタなめるなよ。けれど渡里の顔が真剣だったから、俺は仕方なく震える息を吐いてその名を呼んだ。

「…わたり」

そんなこと言わなくても、そんなのもう、いまさらだってのに。

「うん」
「…あの星の、名前は?」

問いかけに答えないままにそんな突拍子もないことをいった俺に、それでも肩越しに振り返った渡里は笑ってくれた。相変わらずわがままなことこの上ない俺の問いかけに、ためらった様子もなく答えてくれる。やさしい声だった。

「…すばる」

正解だ、合格。そんな言葉の代わりに、俺は腕を伸ばした。渡里の首にしがみついて、ぎゅっと抱きついてやる。つめたい風のなかで、渡里はびっくりするくらいあったかかった。
すると渡里が俺の背中を抱き起こし、至近距離で見つめ合った俺のほおをそっと撫でる。それから、渡里がゆっくりと眼を細めてそのまま俺にキスをした。びっくりして身体が硬直するけれど、身体は素直なもので自分がどうしたいのかはわかっていた。一瞬おいて、俺はその背中に縋りつく。閉じた瞼の裏に、空を翔ける流星群がはっきりと灼きついた。それはいままでみたどんな星よりも綺麗で尊いものに、俺には感じられている。いままで見たことが無いうつくしさだ。

きっとこの星は部屋からじゃ見えなかった。俺のちいさなあの世界じゃ、この流星はこんなにきれいじゃなかった。…そしてきっと俺は、渡里が連れ出してくれなかったら、ずっとそれに気付かずにいたんだと思う。大切なものは、目に見えない。星を愛したちいさな王子が学んだことを、俺は初めてこころの奥底から理解した。

「…昴」

キスがほどけて、俺は間近で渡里と見つめあう。その向こうには、青く輝く星団が見えた。早鐘を叩く心臓が気にならないくらい、そばにある渡里の心臓がうるさい。ちょっと笑ってしまった。照れくさそうに笑った渡里が、俺の言葉を待っているのが分かる。

「…待ってる」

俺は相変わらずわがままに、そうやっていってやった。渡里がふっと詰めていた息を吐くのが分かる。けれどちょっと待て、さっきの言葉は訂正しなければならない。

「…でも、俺より星に詳しくなるのはむり」
「……やってみなきゃわからないだろ」
「わかる!」

そうやっていうと、渡里も笑った。それから俺に、もういちどそっとキスをする。目を閉じる直前に、ひときわきらめかしく星が降るのが見えた。










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