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目が覚めると、そこはどこかひどく薄暗い部屋のなかだった。部屋、といっても、それはコハクの基準によるものであって、ただ屋根があるだけの、そんな空間である。

きりきりと腕が痛むのは、後ろ手を縛られているからだろう。背中が痛んだ。埃っぽい床に転がされているらしいことはすぐに消えた。カナを先に逃がしてよかった、と思う。少なくとも今のコハクには、カナをきちんと守れた、というこころのよすががあった。それだけがコハクの脳を冷静に保っている。

殺されてしまうのだろうか、という考えは、コハクのあたまの真ん中にあった。すくなくともあの路地で気を失って、いままでは生きていられたようだけれど。転落したときに炒めた足首に意識を這わせれば、やはりじわりと痛みがある。落下したときに打ちつけた箇所はじんじんと痛んだし、手首の拘束は頑丈だ。人の気配のないこの部屋で、逃げるなら今と思うのだけれど、どうにもそれは叶いそうにない。

コハクをここへ連れてきたのは、間違いなくあの男たちだ。一度はアズマによって倒された、あのどこかうしろくらいものがありそうな連中。雰囲気がほかの男たちとは圧倒的に違ったあの大きな傷の男は見当たらなかったが、きっとそうに違いない。

「―――ガキを連れてきたはいいが、ほんとうにこんなちんちくりんで、あの男が釣れるのか?」

突然話声がして、コハクは身体を強張らせた。その拍子に痛めた足が悲鳴を上げるのを、歯を食いしばって堪える。足音から察するに、この部屋に誰かが入ってきたらしい。まだ気絶をしたふりをしていたほうがいいと直感的に判断をして、コハクは目を閉じて足音がそばまで歩み寄ってくる恐怖に耐えた。

「さあな。まあ、来なかったら、バラせばいい」

アクの強い声が笑う。その言葉に今度こそ自分の置かれた状況を実感して、コハクは心臓が口からはみ出てしまいそうなくらいに脈打つのを感じた。怖い、と思った。自分の人生で、こんなことに巻き込まれることがあるなんて、コハクは一度も思ったことがなかった。たとえば鉄クズみたいにこの町でいろんなものに埋没して死んでいくのだと、思っていたのに。

――あの男、とはだれだろう。すこし考えて、アズマのことだとわかった。この男たちは、どうやらアズマを探しているらしい。アズマも誰かを探しているらしかった。点と点が繋がりそうな気がしたのに、誰かがコハクの髪をわしづかみにして無理やり起き上がらせたから、それは出来ずじまいで。

「おい、ガキ、起きやがれ!」

ごほ、と気管に汚れた空気が詰まって咽せた。涙目を開けば、間近で人を何人も殺していそうな人相の悪い男がコハクを睨みつけている。ひっと小さく息を呑めば、男は無造作にコハクの胸を突き飛ばした。今度は肩から床に激突して、じんと痛みが身体中を駆け廻る。

「あの男とどんな関係だ?長刀を持った、ここんとこに傷のある男だ」

そう声をかけてきたのは、あの男だった。額に大きな傷を持つ、あの恐ろしい雰囲気を身にまとったかれ。その圧迫感、存在感に息が詰まる。
口の中に入りこんだ砂がひどく不快だった。けれど仕方がないから、コハクはそろそろと口を開く。アズマがここに来たら、あぶない。それだけは、なんとなく分かっていた。

「―――あのひとは、もう次の町に行ったよ」

共に過ごした時間は酷く短かったけれど、かれとの出会いはコハクにとってとてもきらきらとした素敵な時間だった。かれは、コハクの憧れになった。その気持ちを、守りたかったのだ。たとえ嘘をつき、そしてここで死んだとしても。

「ほう?」

顎を扱きながら、傷の男が笑う。怪我を負った足先のほうまで一気にひゅっと身体が冷えていくのが、よく分かった。怖くてどうしようもなくて、コハクはぎゅっと目を引き瞑る。

「北か?東か?」

左右から違う男に詰め寄られ、コハクは芋虫のように不器用に自由のない身体で逃げをうった。けれどそんな微細な抵抗のまえで、コハクはあまりに無力である。瞬く間に胸倉をつかみあげられて、コハクは眉をぎゅっと寄せた。

「…ひ、ッ」
「…東か?」
「そう、東だよ!」

横から誰かが口を挟んでくる。引っ込みが付かなくてそう叫べば、今度はあの傷の男がにたりと笑った。背筋をいやな汗が伝う。

「―――そうかそうか。あの男は、東から来たはずなんだがな」

ごつり、と額に銃口の感覚。コハクは今度こそ死を覚悟した。まるで命を掌の上で弄ばれているようで、ひどく不愉快だ。けれどそんな不満を表す術はないから、コハクはぎっと奥歯を噛んで傷の男を睨みつける。

「吐く気はねえようだな?」
「…」

返答はしなかった。代わりに、コハクは真っ黒な銃口を見つめた。コハクがこの町で何年暮らしていたって手に出来ないようなお高いものが、目の前にある。どうせ死ぬのなら落ちてきた鉄材に埋もれて死ぬより、こうして何かを貫き通して死ねた方がいい。そう、思ったのだけれど。

「…!」

目の前できらめく白刃を、コハクは知っていた。








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