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Beyond Good and Evil 11





翌日には俺の身体の麻痺毒もなんとか抜けていた。あのあと結局無言になって、レオンが俺を何事もなかったように寝袋の上に横たえてからそっぽを向かれてしまったので、結局レオンの手があんなに震えていたのか、分からずじまいだった。

魔王城へと向かう扉がある魔都に最も近い人間のテリトリである街に辿りついたのは、次の日の朝早くだった。レオンは何度も俺にくだんの毒の後遺症が残っていないかを確認してから、明日には魔王城に向かう、ということを俺にいった。いまさら俺に、それに異議を唱える理由はない。俺の死が眼前に迫っている、という事実でも、それに俺はさほど動揺しなかった。

あと一日。今日この日、レオンになにかすこしでも、きれいであたたかなものを、あげたい。この世界はきれいだと、俺の愛したこの世界は、俺が愛したおまえは、きっとこうふくに満ちたうつくしいものなのだと、知らしめてやりたかった。

「なあ、レオン。いっしょに出かけよう」

宿を取って腰を落ち着けていた俺は、レオンが剣を磨き終えたのを見計らって声をかけた。顔を上げたレオンが、ほんのすこしだけ苦しそうな顔をする。いつもの、レオンの癖だ。俺がなにかをいうとき、時折こうして、レオンの顔は苦痛に歪む。俺はその正体を、いまでも測りかねている。

「…どこへ?」
「どこへでも。…この町を、見に行こう」

けれどレオンは、俺のその提案を退けることはなかった。頷きもせずに、かわりに剣を腰に手挟んで立ち上がる。俺はそれにほっとして、笑ってさきに部屋を出た。ひどく、すがすがしい気分だった。

「…あんまりあちこちフラフラすんじゃねえぞ」
「わかってる。…第一、おまえ、俺を誰だと思ってるんだ。俺は救世の勇者だぞ!」

がやがやと騒がしい街は活気に溢れている。細い路地。流れる小川。大きな荷物を抱えて行き交う人々に、いろいろな商品を商っている露天商。どれもが俺の眼を惹くものばかりだった。けれどレオンはどうにも、それほど楽しんでいるようにはみえない。俺の監視ばかりしている。…そんなに子供じゃないし、だいいち眼を離したすきに変な奴についていったりとか、そんなことはしないってのに!

なんとなく意地を張って、俺はそんなレオンの視線を無視して露天商の売る品物をじっと見てみていた。どれも俺の胸にぶら下がってるのと同じようなマジックアイテムばかり。…ふいに、なにかをレオンにあげたい、とそんなことを思った。形見みたいなもんだった。俺が死んだとき、なにか俺を思わせるものがレオンのそばにあればいい。それは、たんなる俺のエゴだったけれど。

そのせいでレオンが俺のことを、…俺の死を引きずったとして。それが、レオンの未来に蔭を差したとして。そんなことを考えると、選ぶ指は躊躇をする。けれど俺のエゴは、どこかでまだ、レオンが今笑ってくれるって、それだけを求めていた。

俺は、レオンに笑ってほしかった。この旅を苦痛に思わないでいてほしかった。…たとえ俺が足手まといでも。最後の最後にこの旅の終焉がすなわち俺の死であると知ったとき、レオンが辛く苦しむのは、そのときだって遅くはない。だから。

「なあ、レオン!」

胸を圧迫する感情を明るい声で誤魔化して、俺は露天商のおじさんにそう安くはない金額を払って手に入れたものを手に、壁に凭れて空を見ていたレオンのほうへと駆け戻った。レオンはどんな思いで空を見ているんだろう。ようやく魔王の城のそばまできて、あれほど魔王を倒すのだと意気込んでいたかれは、その身に闘志を燃やしているのだろうか。

「…ノア」

ふいにやさしく笑みをほおにのせて、レオンが俺に視線を向けた。その目に息が出来なくなる。やさしくて、あたたかくて、かなしい笑顔だった。

「…レオン?」
「いや。…長かったな、と思ってさ」
「……そうかな。俺は、もっとかかると思ってたよ。でもレオンが強いから」

実のところこの町に到着するまでの時間は、俺が見積もっていたよりもずっとずっと早かった。なにもかもレオンのその、俺が唖然とするくらいの剣の腕のせいだ。これだったら俺が死んだあとも、腕ききの傭兵としてやっていけると思う。世界を飛び回るレオンの姿は、想像しただけでとてもかっこよかった。

「…ほら」

レオンの腕を取り、その手首になにかの革でできたブレスレットを巻いた。露天商のおじさんによると、これはごく稀に、受けた強大なダメージから身を守ってくれるという身代わりの宝石なのだそうだ。…まあもちろん、黒魔導とかいう自分の中の生命力を根こそぎ攻撃に使うようなそんな掟破りの禁術での死には効果が無いんだけど。それでもレオンの身をもしかしていつかこの宝石が守るのなら、俺が死んだあとにレオンがいちど生きられるのなら、俺はそれに賭けてみたかった。

「…なんだよ、これ」
「きれいだったから。…まえに、お前、これくれただろ?だから」

俺の胸で揺れる紅いペンダント。レオンがそれを、苦しそうに見る。それから僅かに眼を細め、俺がつけたブレスレットをそっと撫でた。

「…貰っとく。ありがとな」

泣きそうな、笑顔だった。














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