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銃というものは便利だ。間合いが関係ないし、あちらの攻撃がこちらへ届くより前に先手を打てる。改造をした銃は拳銃の間合いを遥かに超える範囲を照準圏内とした。
だがたったひとつ、そしてたいへんな弱点がある。

「…いまだ!」

弾切れだ。こうなるともう弾丸を込めるまでのあいだ何も出来なくなってしまう。ラインハルトは銃弾を込めながら、そんなことを考えていた。銃は常に五丁程度持ち歩いている。腰のホルダーに二丁、制服の内側に二丁、ブーツを加工してそこへ一丁。それを全て撃ちつくすとこうして無防備になってしまうのだ。いつもなら五丁もあれば事足りるのだが、今回ばかりはそうもいかなかった。街中に蔓延る傭兵団の数は多い。騎士団も健闘をしていたが、街を守りながら戦うかれらと侵略行為をしている傭兵団ではどちらに勢いがあるといったら間違いなく傭兵団である。

ラインハルトは、それでも銃を愛し続けていた。幼いころにはじめて手にした武器がこれであったということもある。しんまで染み付いた硝煙の香りは、ラインハルトの気持ちをすっと宥めた。だからいくら隙が出来ようが、ひとりで行動をすることが多かったラインハルトには相応しくなかろうが、ずっとラインハルトは銃を使って生き抜いてきたのである。

四方を新たな敵に取り囲まれ、ラインハルトは嘆息をした。先ほどご丁寧に間合いを取ってくださった一団はすべて行動不能にしておいたが、まだまだ敵は多かったようである。あとこの銃の弾丸は三、余裕がありそうなのでもう一丁詰めておくことにした。

姿勢よく立っているラインハルトのまえに、音もなく白の悪魔が着地をする。二本のナイフを手足のように繰り、難なくラインハルトを取り囲むそれらを無言の置物と変えた。

「全部詰めちゃって大丈夫ですよ」
「そうか」

シオンはもともと、生まれてすぐ髪と目の色のせいでサーカス団に売られたと聞いている。必要もなく過去を暴きたてる趣味はラインハルトにはなかったが、かれが勝手に語っていたのだからおそらくほんとうだろう。シオンのナイフ術というものはどこか曲芸じみたところがあった。

ラインハルトがリロードをしているあいだ、シオンは好き勝手暴れたようだ。ここ一帯を荒らしていた傭兵団が次々と積み重なっていく。これはもしや、リロードしても的がないのではないか、と途中でラインハルトは気付いたが、せっかくなので全てに弾を込めることにした。
うめき声を上げる怪我を負った騎士団が、救世主に誰なのかと尋ねてくる。視線で黙殺をして、そしてようやっとリロードを終えた銃をホルダーに戻してシオンを向いた。

「残っているか」
「片付きました」

褒めてください、と言わんばかりの笑顔である。寄ってきたシオンの無言の催促を黙殺して、ラインハルトは中空を見上げた。北の国の宿を出た時には真上にあった月が、地平線に潜りかけている。そろそろ暁となりそうな時間帯であった。

「郁人たちは上手くやっただろうか」
「中央から応援も来たみたいですけどね。…例の兵器もおでましだ」

くるくるとナイフを回しながら、シオンが真っ直ぐにメインストリートを進んできたらしい兵団を指差す。目立ち過ぎないよう少し離れていた二人はまだ気付かれていないようだった。ちょうど影になるように、国境の門の端々に設置された見張り台が立っている。

「あ、見て見てラインハルトさん。あれ傭兵団の中ボス。…怪我してる?」

ラインハルトを振り仰ぎ、そしてシオンは騎士団と睨み合う傭兵団の先頭を指差した。遠くてしかと見えないが、二本の剣を腰から下げている男である。肩を押さえていた。

「荒れるな」
「へ?」
「止める間はなさそうだ。今にも発射されておかしくないだろう。…この有様では、仕方なさそうだが」

火の手が上がる町を見る。これは挑発行動ではなかった。侵略行為である。ついに長年凍結されていた、大国間の戦争がはじまりつつあることを窺わせた。

「思ったより小さな大砲だったよ」

そう会話に割り込んできたのは、路地裏から顔を出した亜麻色の髪の青年である。顔を輝かせ、シオンがかれへと駆け寄った。ターバンを外したかれを見て、僅かにかれが笑みを浮かべる。その服が凄惨までに血まみれだったので何が起こったのかとラインハルトは身構えたのだが、後ろに続くかれの連れも同じようなありさまだったので、なんとなく邸がどんな様態を示しているか想像がついた。

「無事でしたか!ご家族は?」
「すべて救うわけにはいかなかったが、間に合った。…ほんとうにありがとう」

ようやっと拓けた視界で洸が伸びをする。子供のころは軽々と駆け抜けた路地もつっかえたりひっかかったりで大変だった。後頭部をガス管に打ったのが一番痛かったけれど。

「ならいい。…試作品でも持ち出してきたのか」

ラインハルトはそういうと、騎士団と傭兵団の睨み合いのほうを指差す。距離にしたらかなり隔たっていたが、一触即発の雰囲気はここまで流れ込んできていた。小競り合いはすでに始まっているようだ。いかに海の国といえども、重要な四つの街のうちのひとつをここまで破壊されては攻撃に出るほかないだろう。

「…尚早すぎる。もう始めてしまうらしい」

郁人が痛ましいものを見るように声を上げる。はっとして洸が郁人の視線の先を追うと、僅かに暗い空に光が照るのが見えた。中心は騎士団のほうである。

うつくしい光だった。
赤や黄、青が混じり合い、揺らめく。魔力の炎の煌めきだ。それが宿るのはどうやら、件の兵器の先端部分だったらしい。何をするのかとざわめく傭兵団が散り散りになっていく。そしてその光が球体になり、そして誰かの発射!という掛け声とともに、砲身の先を離れた。

「まずい!」

ラインハルトがかれにしては珍しく声を荒げる。洸の瞳は、その光が勢いよく吐きだされるところを、確かに見た。それは光の洪水だった。先ほどの炎を白の帯が取り巻き、弓なりに傭兵団の頭上を飛び越し、国境の外へと。成功なのではないか、と思った刹那に、それは起こった。流線だった砲弾が、膨張をする。まるで風船のようだ、と洸が思ったその瞬間。

世界が全て、白に染まった。






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