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「なあなあ悠里、知ってるー?白雪姫ってさあ、まだたった十歳の子供なんだぜ」

生徒会室で臨時の仕事を捌きながら、片手に台本を持ってそれを熟読していた悠里に、おんなじようにして台本を読んでいた白雪姫の王子様が声をかけてきた。

「…お前、変態じゃないか」
「そうだけど、そうじゃないっていうか、俺が言いたいことはそうだったんだけど、そうじゃないっていうか…」

真顔で悠里に返されて書記は困った顔をした。いや確かにそうなんだけど俺は変態じゃなくて、でも王子は変態で、と大変に混乱しているのをみてちょっと笑ってしまう。そろそろ何組が何の劇をやるとか、そういった情報は騒がしいクラスを行き交い始めていた。たとえば副会長がやっぱり三蔵法師におさまっただとか、庶務のクラスが創作劇をやるのだとか、そういったおなじ生徒会のメンバーの話を聞くのは悠里も楽しい。自分に話が振られなければ、の話だったけれど。

「会長はどうなの?劇は順調?」
「…ああ、まあな」

放課後の練習は、台本も決まったので着々と進んでいる。まだ悠里と雅臣は台詞を繰り返し読んで覚える段階で演技こそしてはいなかったが、クラスとしてはすでに本格的な練習モードに入っているわけだった。そしてやっぱり悠里は人魚姫で、人間の姿になったときのドレスはきらびやかなデザインである。悠里は衣装班の作業風景を見るたびにたいへん微妙な気持ちになった。

「すごく力が入った台本なんだってね。楽しみにしてるよ」

副会長がそういって笑った。…内心で悠里は、孫悟空の柊を前にしたらかれはあたらしい扉を開くんじゃないかなって、そんなふうなことを思っている。かれを良く知っている悠里の眼からみても、戦っている柊は思わず見とれてしまうほどかっこよかったから。

練習は、順調だ。悠里の台詞がもともと少なく、プロローグと後半のごく一部しかない、ということもある。雅臣が真面目に練習をしているから、というのもある。悠里は純粋に物語としても自分たちの劇の台本が好きだった。そしてそれは、クラスのみんなも同じことを思っているだろう。

百年前の先祖の無念を今も思う、閉鎖的な海の世界しかしらない人魚姫。魔女に騙されて尾びれを人間の足に変える薬を呑まされて、姫は途方に暮れて岩に座り泣いてばかりいる。あれほど好きだった海の仲間たちも、人魚ではない彼女を深海に連れて帰ることは出来なかった。

そんななかでついに嵐に巻き込まれて浜辺に打ち上げられた彼女を助けるのは、偶然にそこに通りかかった王子の行列だった。かれは姫を人魚と知らずに城に連れ帰り、手当をしてやる。その恩を人魚姫は忘れられなかった。海に逃げ戻ったあとも、幾度となく浜辺を訪れる王子を遠巻きに眺めている。そして不思議と一気に退屈になった海の底、姫は豪華な船で交わされる王国を滅ぼそうとする密約を聞いてしまうのだ。

姫はそして、深海の善い魔女の元へ赴く。そして手に入れたのは、海の上でも言葉を話すことが出来る薬だった。彼女は今度こそ自分の意志で、尾を失う薬を呑む。手にはしっかりと、人魚としての身体を殺す薬を持って。姫は王子のため、海を捨てるのだ。

すべてが終わったあと、王子と人魚姫は城のホールでダンスをする。目下悠里を一番悩ませているのが、最後のダンスシーンなわけだった。

「…お前の三蔵法師も、楽しみにしてる」
「…厭味かい、悠里」

わりと似合うと思うぞ、と小声で付け加えて、悠里は手元の資料を整理する作業に没頭するふりをした。…クラスの足を引っ張るわけにはいかない。雅臣に付き合ってもらってダンスの練習をしなきゃいけないな、なんて思いながら、それでも悠里は今のところ学校祭を楽しんでいた。

「あ、悠里ちょっと」
「ん?」

白雪姫の王子について、死体をもらいうけるとかどんな嗜好だ、とか書記と真顔で論争していた会計がふいに顔を上げた。ピンク色の三つ編みが揺れている。ピンクの王子様というのもなかなかにシュールだ、と悠里などは思ったものだが、かれならきっと王子の服も問題なく着こなすのだろうとそんな気がしている。かれは確か、世界的に有名なデザイナーの息子であるはずだった。

「この書類風紀に回してほしいんだけど、行ってきてくれる?」
「…なんで俺が」
「だってマーくん俺からじゃ受け取ってくれないんだもーん」

内心で雅臣と会計は似た者同士だと悠里は思っている。特にこの飄々とした態度と物腰なんかは。そして本人たちもなかなかにその自覚があるらしく、同族嫌悪とでも言うべきかこうして書類もろくにやりとり出来ないほどである。このやり取りも毎度のことなので、悠里もそれ以上は抗わずに書類の束を受け取ってやった。

ざっと目を通すと、最近警備のカメラに制服姿ではない人間が何人か映り込んでいるのだという。教師陣ならばいいが部外者の侵入の余地があるのなら、それはたしかに風紀委員の仕事の範疇だった。
ちょっと行ってくる、といって立ち上がれば、委員長に捕まったらちょっとじゃ済まないくせに、なんて会計にからかわれた。だれのせいだ、と軽口を返して、悠里は生徒会室を出る。

ついでに雅臣に、ダンスの練習に付き合ってくれないか、と言っておこうと思っていた。きっと雅臣は頷いてくれる。かれもまた得るとは思っていなかったらしいふつうの学校生活、ふつうの学園祭を、目一杯楽しもうと思っているらしい。それを悠里は、よかったな、と思うのだ。かれの家庭環境について詳しくは知らないが、あくまでも雅臣はこの学園に進学してくるような家の出身で、ごく一般家庭の悠里や柊のように弟や妹のせいでこの学園に来たわけではない。くわえてそれが複雑であることは、かれと因縁のあるらしいリオンの家庭事情を鑑みれば十分にわかる。そんなわだかまりのなかに生きている雅臣が、それでも「ふつう」を楽しんでいる、ということは、悠里にとっても喜ばしいことだった。





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