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アズマは裏道にある酒場に入ると、コハクを隣に座らせて酒とジュースを注文した。酒といっても勿論、こんなところに純正酒なんてあるわけがないから、模造品の質の悪い酒である。うっすら黄色く濁ったそれに明らかに辟易した顔をしたアズマに、大人しく久しぶりに飲むジュースを味わいながらコハクは耳打ちをした。

「マスター、耳が遠いから。でも、悪い人じゃないよ」

先ほど注文を聞いたっきり、好き勝手に騒いでいる客を尻目にひたすらガラスを磨き続けている店主をコハクが指差す。情報が集まる場所、と聞いて咄嗟に思いついたのがここだったのは、まだ幼かったコハクが天涯孤独になったころ、どこそこにクズ鉄がたくさんあるだとか、そういうことを教えてくれたのがマスターだったからだ。久しぶりに顔を出したコハクにも、そしてその奇妙な連れにも何も言わないのが、マスターらしいと思う。

「どんな情報を探してるんだ?」

顔みしりも、居ることには居る。少しでもアズマの役に立ちたくてそういったけれど、返ってきたのは曖昧な笑みだけだった。

「…ありがとう、コハク」

けど、それには及ばない。そう言って、アズマは酒に口を付ける。不味いものを口に含んだときのように、その眉間に皺が寄った。

コハクは言葉を切って、その端正な横顔に見入る。かれはうっすらと聞こえてくる会話に耳を傾けているようだった。その背にある長刀に目をやると、柄に巻かれた革は使いこまれているせいだろう、擦り切れたようになっている。あの剣さばきといい、アズマが相当な遣い手であることは明らかだった。

―――アズマは、人を探している、といった。それが何を意味するのか、コハクにはわからない。コハクにとって世界とは、この泥と鉄と砂にまみれたちいさな街のことであり、その中で人探しをすることはとても容易いことだ。けれどアズマがしているのは、そういう類の「ひとさがし」ではない。真剣なその横顔を見ていると、そのくらいはコハクにもわかった。

かれが探しているのは、どんな人なのだろう。女だろうか、男だろうか。どんなことをする人で、アズマとは、どんな関係なのだろう。色々なことが気になって、コハクは落ち着かなく椅子の上で足をぶらぶらさせた。なんて思っていたら、アズマが音もなく立ちあがり、さっきから酒に酔って大声で話をしている男たちのほうへ近づいていく。それについていくのもなんとなく不自然な気がして、コハクは黙ったまま味の薄いオレンジジュースを飲んだ。

「…マスター、」

一心不乱にグラスを磨き続けるマスターに、声をかけてみる。かれはその皺くちゃの奥の瞳でちらりとコハクを見、ふたたびグラスに息を吹きかけていた。

「さいきん、変わったこととかない?」
「……、なんだ、コハク。あの旅人の子分にでもなったのか?」
「違うよ。…世話になったから、恩返ししたい。それだけ」

からかうような声音に肩をすぼめてそういえば、マスターは小さく笑ったようだった。コハクの言葉が自分ですら誤魔化しきれていないと、分かり切った表情で。

「……、そういや、西ブロックで見かけない連中を見た、と言っていたやつがいたな」

コハクは思わず目を見開く。マスターは素知らぬ顔をして、グラスを磨き続けている。男たちとなにかを話しているアズマをちらりと見て、コハクは僅かに逡巡した。

「…」

アズマはアズマで、忙しそうだ。コハクはひとつ頷くと、椅子から飛び降りて外していた外套とゴーグルをひっつかむ。マスターに、調べてくる!といって、外へと飛び出した。もちろんここに、戻ってくるつもりで。

―――今日は街は、よく晴れている。
露天が出され、人混みで溢れている。商品を購うほどの金があっても、市が立たなければ買い物は出来ない。晴れの日は、皆がこぞって買い出しに出た。小さい頃はコハクも母に連れられ、幾度となくここに来たものだ。たまに母が買ってくれる果物や菓子が、とても好きだった。

その合間を縫って疾走し、コハクは治安の悪い西ブロックへと向かっていた。目付きの悪い屈強そうな連中の目に止まらぬよう、物影から物影へと移動をする。自分の身軽さに、コハクはしんそこ感謝をした。錆びたパイプを踏み、跳躍する。とっくの昔に電力を通すのをやめた電線にぶら下がって、落下の衝撃を和らげる。決して広くはない西ブロックをくまなく二周出来るほどの、時間があった。

けれど、そこに、なにもなかった。エリアを二周し終えて、コハクはバラック屋根の上に座ってため息をつく。収穫といえば、落ちていた雑誌が、一冊。さっきアズマが高く売りつけてくれた、あの雑誌と同じ号だった。これではもうあの店には売れない。困ったな、と思いながら、雑誌を逆さまにして軽く振る。落ちて来るのは、砂だけだ。

同じ雑誌が二冊も落ちているなんて、この町ではひどく珍しい事だった。大抵はみなで小銭を出し合って一冊の本を買い、それを仲間内で回して読む。だのに昨日のといい、今日のといい、ふたつとも保存状態のいい雑誌だ。日付も、最新のものである。へんだな、とコハクは思った。

とにかくその雑誌を持って酒場に戻り、西ブロックにはなにもなかったことをアズマに伝えてやろうと思う。そしてあわよくば、あの大きな手でもう一度頭を撫でてほしかった。思ってから、コハクは自分の考えに赤面をする。どうにもアズマに出会ってから、ペースを乱されてばかりだった。








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