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Beyond Good and Evil 10






まだ身体は少しも動かない。暗くなる前に森を出たかったはずなのにそういうわけにもいかなくて、俺とレオンは蜘蛛の死骸からすこし離れた場所に夜営の支度をする羽目になっていた。といっても、俺はレオンに担がれて運ばれて寝かされているだけなんだけど。…これを足手まといと呼ばずして、何を呼ぶというのか。やっぱり上手くいかなかった。

なんとか瞬きと自発呼吸くらいは落ち着いて出来るようになっている。視線でレオンの姿を追うくらいもできた。テキパキとテントを設営する背中はどうやら見たところ無傷で、俺はそれに安堵をしている。

結局回復薬も全部口移しで飲ませてもらうことになってしまった。恥ずかしかったしいたたまれなかったけれど、そうでもなきゃ多分俺はここで無様に死んでいただろうと思う。ごめんな、という言葉すら言えないせいで、俺は心臓の音がレオンに聞こえているかが気になってしようがない。キスと呼ぶにはあまりにも色気がない触れ合いだったけれど、それでも俺はどうしようもないくらいドキドキした。…そんな俺の動揺を知ってか知らずか、支度を終えたらしいレオンがそばに寄ってくるのが気配でわかる。

「聞こえてたらまばたきしろ」

いつも通り尊大な口ぶりで、俺のそばに座ったレオンがそういった。俺はぱちぱちと瞬きをする。全身に力を込めてかれに手を伸ばそうとするけれど無理で、謝罪の言葉を延べようと口を動かそうとしても無理だった。情けない。

「さっきより良くなってるか?」

けれどレオンは俺を叱責することなく、ふっと和らいだ声音でそう尋ねただけだった。はいはひとつ、いいえはふたつ。そんなことを俺に言って、じっとこっちを見つめている。まばたきひとつ。

「痛むところは?」

まばたきふたつ。レオンはほんとうか、と訝しげに目を細めると、麻痺したまんまの俺の頬に触れた。手甲を外したかれの手の温度を感じることは出来なかったけれど、視覚で感じるかれの手にどうしようもなく胸が打ち震える。

―――心配を、させたかったわけじゃない。レオンを困らせたかったわけじゃない。むしろ逆だ。なのに。こうして無駄なことをしてばかりで、レオンに迷惑をかけてばかりで、どうしようもない自分がいやになる。震える瞼をむりやりに閉じて、俺は奥歯を噛みしめた。

「…なあ、なんであんなことしたんだ。俺は強い、お前のことを、守ってやれる」

レオンの唇はその言葉の最後にちいさくなにかを付けくわえたようだったけれど、俺の耳にまでそれは届かなかった。いま、さいご、なんていったんだ?聞きたくても口が動かないから、どうしようもない。…俺はお荷物で、レオンに守ってもらってばかりだ。

胸元でレオンがくれた紅い紅いペンダントが、そのひんやりと重い金属感を露わにしている。俺は不自由な感覚だけでそれを辿った。まるでこれは枷だと思う。レオンが、俺のことを嫌っていない、足手まといだと思っていない、と俺に思わせる、魔法の枷。だってレオンが、俺を呼ぶから。俺を呼び、振り向いた俺の胸に揺れるこのペンダントを見て、笑うから。きれいに。

「お前になにかあったら、俺にはお前を治してやれない、だから」

ひどく壊れやすいものでも扱うように、レオンの手が俺の頬にふれたのが分かる。その熱はまだ感じられなかったけれど、なんだかひどく痛かった。幾度となく感じた違和感。…レオンが治癒術を使えないのは、当然のことだ。レオンは剣士なのだから。俺だってほんとうは治癒術を使えない。使えるのはごくわずかな魔法と、お世辞にも十分とは言えない剣の技と、そして魔王すら打ち倒すという黒魔導だけ。治癒が使えないのは、お互い様のはずだった。

「…れ、おん」

痺れた唇が、ようやっと動いた。まだもつれたままの舌で、呼びたかったかれの名を呼ぶ。俺を守り、そしてやがて俺が死ぬべき舞台へと、たいせつにたいせつに導いてくれる男の名を。…レオンは、俺が魔王を倒すその方法を知ったとき、どんな顔をするんだろう。その腕で、俺を守ってくれた腕で、俺を死なせるために戦っていたのだと知ったとき、なにを思うんだろう。ああ、俺はそれまでに、レオンになにかを分けてあげることが出来るだろうか。世界はきれいで、お前が思っているほど生き難い場所じゃないって、わからせてあげられるだろうか。こんな足手まといな、俺でも。

「ご…、めん、な」

ほんとはお前のことを、守ってやりたいんだ。お前が、俺がいない世界でも、笑って生きていけるくらいには。お前がひとりで生きていけるって思えるくらいのものを、お前にあげたかったんだ。…こんなふうに、お前をかなしませて、苦しませるために、俺はお前を連れてきたわけじゃなかった。違うんだ。

「…ばかやろう」

感覚のない手指をレオンに伸ばす。すると恭しくその手を取ったレオンが、俺のてのひらを頬に押し当てた。ほんの少しだけ熱を感じる。レオンの熱だ。こんなときなのに、それにすこしほっとした。

「そう思ってんなら、怪我するようなことは、やめろ」

絞り出すように、レオンがいう。それと一緒にその胸に抱き寄せられて、俺は泣きだしそうになるのを唇を噛んで必死にこらえた。…ああ、そうだな。魔王のその前に行くまでは、この命と魔王の身体を墓標にして息絶えるそのときまでは、死ぬわけにはいかないんだ。

でも、レオンが怪我をするよりは、ずっとよかった。俺は、それだけは後悔しないと思う。俺が死んだあともずっと生きていくレオンが、ひどい怪我をしなくてよかった。それだけが、俺の痛みに喘ぐ胸のなかでほんものだった。

「…おまえが、無事で。…よかった」

まだ上手く動かない腕を鞭打って、俺はレオンの背中に縋りつく。するとレオンの声が、まるで泣いてるみたいに震えながら、もういちどばかやろう、と繰り返したのが、聞こえた。











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