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贖罪のミンネ





「よお、優男。…そっちの彼は、今日の担当だったか?」

車から降りてきたのは、真っ白に脱色した髪を無造作に伸ばし大きな金のピアスを付けた、いかにもといった風の男である。無論見知った顔であるから、かれも肩を竦めるだけで応じた。

「まあ確かに、アンタの細腕にはちっとばかし重い荷物だったかもな。まあいい、五箱たしかに受け取ったぜ」
「…相変わらず無駄口が多いな、シンジョウ」

男はひどく冷ややかな声で男の軽口に応じると、さっさと持って行けとでもいうふうに段ボールの箱を目線で差した。中に詰まっているのは無論、そこで冷たくなっている男たちが文字通り死ぬほど欲しがっていた<スコア>の純正品だった。おそらく半分ほどは上層部の人間が副作用の少ない純正品で愉しむために使われ、もう半分は何百倍にも薄められ汚されて一般人に高く売りさばかれるのだろう。

「おお、怖い怖い。それより、夜中のこんなストリートを取引の現場に指定するなんざ、俺以外を相手にしてやったらバカにされて取り合ってもらえねえぞ?運よくラリっちまってるやつらがいないから良いものを」

どうやらシンジョウが連れていたらしいかれの部下の男たちが、手際良く段ボールを車に積み込んでいく。目を細めてそれを見守っていた男は、鬱陶しそうに眉をしかめた。整ったその瞳に睨まれて、シンジョウは気を良くしたように口元を釣り上げている。男の前まで寄ってきて、まるで酒場で出会った友人にでもするようにその肩を抱いて笑った。

「―――もし廃人どもが襲ってきたら、イタルおまえ、一発でお陀仏だぜ?あいつらにゃ、アンタの事可愛がってやろうなんて考える脳もないんだから、さ」

イタルと呼ばれた男は、心底不快そうにその柳眉を上げて舌打ちをする。この男が下卑た話題にイタルを引きだすことは今回に限ったことでもないが、慣れようもない。いつだって不快ばかり持ってくるこの男、先輩気どりの隣のシマの支部長が、イタルはひどく嫌いだった。

「シンジョウさん」

耐えかねて皮肉のひとつでも叩きつけようかとイタルが思った刹那、すっと暗闇に線を引くような、低く冷たい声が響いた。びくりとシンジョウの腕が強張るのをいいことに、イタルは身を捩ってその腕から抜け出す。確かに上背もその身についた筋肉も、何もかもかれより脆弱なイタルではあったが、かれはそれを補うだけの能力や才能が自分にはあると思って疑ってはいなかった。たとえばそれは、ひとの形をして、イタルの後ろに控えている。

「早く支部に戻ったほうがいいのでは?…末期患者は、僅かな<スコア>の匂いも嗅ぎ分けると言いますから」

感情の一切見えない声でそう言って、男はイタルのほうにちらりと視線をやった。何かに怯えたように男に気を取られているシンジョウには、駄目だ、というふうに口を動かしたイタルの姿は見えてはいない。すこし残念そうに軽く頷いた男は、シンジョウがひくりとその口元を動かすのを、少し待ったようだった。

「…優秀な番犬がいて、そっちの支部は楽そうだな」
「キャリア組が箔付けのためにトップに回された支部の統制なんて、執れているわけがないだろうに」

イタルが口にしたのは、影でイタルのことをそう呼んでいるシンジョウのことを痛烈に皮肉る一言だった。シンジョウはちっと大きく舌打ちをし、踵を返して車に乗り込む。盛大に血だまりを踏み散らしていったことについに気付かなかったシンジョウに、呆れたようにイタルが口を開いた。

「…相変わらず、無能だな。これだけ匂う死臭にも気付かないなんて、花粉症かなにかじゃないのか」
「……」
「………よく我慢した。偉いぞ、センリ」

そう言ってやると、ようやっとセンリを取り巻く先ほどの、おそらくは今もシンジョウの心臓を破裂させそうなほど高鳴らせているはずの殺気の渦が解けた。センリのその、少し長めの千草いろの髪が揺れる。その瞳が情けなく歪み、撓んでイタルを見た。

「…触れても?」
「ああ、もう、勝手にしろ…」

しまった、という顔をしたイタルが投げやりに与えた許可に、センリは一も二もなく飛びついた。イタルの肩にうやうやしく触れ、シンジョウが触れたところを丁寧に払う。イタルの場合、シンジョウに、あまり俺をバカにすると死ぬぞ、というのは純粋な善意からでる忠告であった。イタルが止めなければ、ほぼ間違いなくシンジョウはこの場で死んでいた。この男の場合、躊躇いや容赦といったものは、一切発生しないのだから。たとえそれが、同じ麻薬密売組織に籍を置き、一応は上司に当たる職についている人間相手のことであったとしても。

「殺すなよ」
「…何故です」
「馬鹿の方が操りやすい。下手に頭の切れるやつが後釜に来られたら、迷惑だ」

こうして念を押しておかなくては、いつシンジョウの死体があそこで山になって積み重なっている<スコア>末期患者のような末路を辿るか知れない。肩を竦めそう応じ、イタルは夜風から自身を守るようにその長身を屈めてじっと顔を覗きこんでいる男を、呆れて見上げた。

「少し煽てれば幾らでも情報を吐く。あんな使い勝手のいい駒、そうそういない」
「おれが、代わりに」
「…お前が隣の支部長になるか?俺と離れて、急なことがあっても駆けつけられなくて、大人しくしていられるのか」

今度こそ黙り込んだセンリの腕を払い、イタルは車の助手席の扉を開けた。大人しく運転席に乗り込んだセンリが、あなたがそうおっしゃるなら、ともごもご口の中で言っているのを見る。不承不承、という顔だ。

「…上が動くまで、それまでの辛抱だ」

自分に言い聞かせるようにそう口にして、イタルは沈黙の広がった車内の空気を厭うように、窓を細く開けた。













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