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贖罪のミンネ





血を見るたびに美しいと思う。特に動脈血だ。胸を刺し貫き、そして舞う深紅は、酸素に触れて変色する間際にひときわ美しく赤く輝いている。そして、かれは、それを見るのが好きだった。とても。

ひとに機械を組み込んだのか、それとも機械にひとを組み込んだのか判別のつかぬ兵器が作りだされるようになってから、半世紀余り経った。もはやそれらはある種の核兵器であり、各国はこぞってそれの生産と改良に追われている。人権擁護団体が何かを声高に叫ぶには、すでにこの世界の治安は悪化しすぎていた。飛行機からダイヴするよりもよっぽど高い所へとトべると噂の新型ドラッグは出回り、銃やナイフはコンビニにも売っているような状況ともなれば、まともな神経をした人間は生まれた時期を嘆きながら諦観のなかで生きていくしかない。もしくはドラッグに縋り、堕ちて死ぬか。それとも野垂れ死ぬ前に、対人人工人型兵器――SF映画でいうサイボーグに改造される道を選ぶのか、そのうちのどちらかだった。

月が丸い夜は殊更に、この町の異常さが浮かび上がる。薬が切れて徘徊する廃人たちは手に銃やナイフを取り、破壊衝動を抑えるためにそれを振るうのだ。こうしてそれを見ていると、人とはどうしてこうも脆いのか、とかれは思わずにはいられない。ああ、ほら。そんなに脆かったら、すぐに壊れてしまうのに。

どうやら今日の勝者らしい、いくつかの屍の上に立ち雄たけびを上げる男のまえに、かれは音もなく着地をする。随分と野蛮そうな顔をした男が、挨拶代わりに自動小銃のトリガーを引いた。身体を捻って、避ける。後方でどこかの看板に穴が空く。

「…あと、二分三十秒」

その頸を掴む。力を入れる。男の顔いろが、本能からか恐怖に歪んだ。握りつぶしても良かったがスーツを汚してしまう。それに気付いてその身体を放り棄て、僅かに逡巡してからその延髄の辺りに鉛玉を叩きこんだ。噴き上がった血が頬を汚す。赤は、好きな色だった。あのひとに、とてもよく似合う色だ。

びくんびくんと痙攣している男の身体を掴みあげ、道路の端の方へと放り投げる。他の、この男がひどく殺した男たちも、まとめて脇に避けて置いた。血だまりを靴で踏む。僅かに血潮が飛び散る。月明かりに照らされたそれは、まだ鮮やかな赤を保っていた。頬をべったりと濡らすそれを親指でぬぐい取ってみれば、よく分かる。

巷では例の新型ドラッグ――、名は<スコア>とか言うらしいそれを多量に摂取した人間は、その血が青くなる、なんて言われているのだけれど。それは、まるっきりの嘘だった。薬が無ければ見境なしにひとを殺したくなるような末期の患者ですら、これほど美しい赤色を撒き散らすのだから。

「……あと、五十八秒」

思わず声が弾んだ。血だまりに顔を映し、スーツの襟もとを整える。少し血の染みが付いてしまったが、そんなのはいつものことだった。どうせしつこく洗えば落ちる、その程度のものである。

遠くから車の走る音が聞こえてきた。思わず背筋が伸びる。男は道路の脇に跪き、まるで神聖な預言を待つ敬虔な信者かなにかのように頭を垂れた。車がその間近に止まり、ばたんと扉が開くのを待つ。

「…ご足労、ごくろうさまです」
「ああ」

磨き抜かれた革靴が、この薄汚れた街の地面を踏んだ。運転席から降りた男は、そのさらりとした短い髪を掻き上げた。色の薄い栗毛が、夜の風に揺れている。感情の読みとれないその瞳が、跪いたままの男を見下ろした。

「全部お前がやったのか?」
「いえ。…おれがやったのは、勝ち残った男だけです」
「…珍しく服が汚れていないと思った。立て、後ろに積み荷がある」
「はい」

男は車に寄りかかると、懐から煙草のケースを取り出して吸った。模造品などはニコチンの代わりに<スコア>を使っているのもあるというから、正規品を手に入れるのに、かれはいつも苦労している。

「…今日は、怒らないんですね」
「……対して服を汚してない。もともと、お前がそういうやつだということくらい、知ってる」

立ちあがった男は、丁寧に手を拭ってから栗毛の男が乗ってきた車の後部座席を開いた。大きな段ボール箱が五つほど積み込まれているのがわかる。それを一つずつ丁寧に運び、車の前に積み上げていく。その合間にふいに投げた言葉に、紫煙を吐き出した男が答えた。その言葉はどう見積もっても褒めている類のものではなかったのに、けれどかれがそういった、というそれだけで、ふっと身体が熱くなった気さえした。かれが、この身のなにかを知ってくれるというのは、それだけで無上の幸福だった。

「おれは、あなたの手であり、足です」
「生憎俺は五体満足だから、間に合ってる」

どっしりと重いそれを並べ終えて、男は煙草を吸うかれのそばに自然と身体を寄せる。と言っても肩が触れ合うほどの近くではない。そばに控える、といった表現が一番正しいような、そのしなやかな長身をまるでちいさく折りたたんでいるように見えるような、そんな立ち方だった。ひどく自然な、動作である。

「……来たか」

遠くのほうから、道路に轍を刻む音が聞こえてきた。そうひとりごちて、煙草の男は吸い差を放り棄てて革靴の底ですり潰す。後ろの男がどこか羨望を含んだ眼差しでそれを見ているのには気付いていたが、いちいち気にしていたら身が持たないことなど、とっくに分かっていた。

些か乱暴な手捌きで、車が前方に駐車される。ちかちかと眩しいヘッドライトの光にちいさく舌打ちをして、男は相手が車を降りるのを待った。












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