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何の話だろうな、と思いながら吐く息が白い夜の道を歩く。渡里のうちが電車を乗り継いだ先にあることは知っている。だからどう見積もってもまだ渡里は来ないのに、じっとしていられなかったから駅に向かって歩き出してみたのだ。一人で外を歩くのは久しぶりだった。アメリカに行くまでにちょっと運動しとかないとやばい。

生まれ育った町を、一週間後にはここを離れるのだという思いを抱えて見まわしてみた。街灯も最小限なここはやっぱり天体観測にはもってこいの町だと思う。日本の、それもそれなりに利便性のある場所という縛りを設けてこの町を見つけた父さんは凄い。それだけ父さんの星への情熱はすごかったんだ。数え切れないくらいたくさんの本に資料に写真、たくさんのカメラ。それが俺にとって父さんの遺産であり遺言だった。

星が、好きだ。

やっぱり俺には、渡里に話すことなんて星以外には見つからない。渡里に知ってほしいと思う。星ってすごいなって、思ってほしい。俺が星のことを好きなように、渡里にも星を好きだと思ってもらいたい。だって友達だから。…共有したかった。冷却期間を置けば、自分の考えはよくわかった。相手の気持ちを少しを挟まない我儘で独りよがりな考えを、きっと渡里は笑って受けとめてくれるんだろうと思う。だってこれまでずっと、俺の話を聞いてくれていたんだから。

でも、それじゃ駄目なんだ。それじゃいつまでたっても俺と渡里の間にある山みたいな壁は壊れはしない。渡里の話が聞きたかった。何が好きで、どんな趣味なのか、教えてほしかった。最後くらい、渡里と友達だって胸を張って言いたかった。あんなふうな決別をさせた本人だというのにこんなことを思うのは虫がよすぎると、自分でも思っていたけど。

なんて考えごとをしていたら、また咽喉の奥が苦しくなった。考えを振り払うように顔を上げて、俺は思わず足を止める。

「…あれ?」

むこうからだれか走ってきてた。…なんとなく知っている人間みたいな気がして、俺は目を凝らす。渡里じゃないかって、俺は一目見て思った。あれはスポーツやってる走り方だもん。ふたたび心の準備の時間を失って、俺は動揺する。どう考えても早過ぎだろ。おかしいだろ。なんて言って謝ろう。どうやって会話をしよう。今から考えるはずだったのに、俺は完全にその機会を失った。

「…昴っ!」

はっきりと顔が見える距離まで近づいてきた渡里に(それはやっぱり渡里だった)、名前を呼ばれる。咄嗟に歯を食い縛ったのに、俺の右頬にいつまでたってもストレートは叩き込まれなかった。立ち尽くした俺の背中を、そのかわりに渡里が強く強く抱き締める。喉の奥につかえていた空気が、ぽろりと零れて溢れた。吐く息が白い。

…渡里だ。あんなにとおく感じたのに、驚くほど近くにいる。不思議だなあ、と思った。さっきまで泣きそうになりながらもう顔を合わせる機会すらないんだろうな、と思っていた相手にハグをされている現実に追いつけなくて、俺は情緒もへったくれもなく、力なく渡里の背中をタップすることしかできなかった。

「…わ、わたり。なんで。早過ぎ…」
「…メール、見てないの」
「……みてない、ごめん」

渡里はちょっとだけ笑うと、それから俺を開放する。相変わらず爽やかでかっこいい顔は、前よりちょっと疲れてるように見えた。どうしたんだろう。…やっぱり、まだ、学校はたいくつなんだろうか。

「…あの。それでさ、まえは、ごめん。せっかく来てくれたのにひどいこと言ったし、夜中に追い出したし」

それから渡里は俺の謝罪に耳を貸さず、俺の手を引いてずんずん歩き出した。言葉を切った俺は黙ってそれに従う。どこに行くのかな、なんて思いながら俺はせめてもの罪滅ぼしに黙っていた。きっといまさら、謝られたって嬉しくない。繋がる手が、ひどく熱い。

「…今日、何の日か知らないの?」

前を行く渡里がそんなことをいう。そんなことを言われても俺は絶賛ニートかつ猛勉強中なので、今日が冬なことくらいしかしらない。なんかあったっけなあ、渡里の誕生日は五月だ。双子座の。

「し、しらない」
「なんで」

…やっぱり渡里怒ってるこわい。でも奥歯をぎゅっと噛んで堪えた。ごめん、と言えば、俺の手をつかむ力が強くなる。

「…双子座流星群の極大だろ。どうしたんだよ、昴らしくもない」

びっくりして思わず立ち止まった。ここ数週間は星を見る余裕もなくて、情報誌だって読んでないからそんな時期だなんてすっかり忘れてた。…それよりも、渡里からそんな言葉が出たことに驚いて。

「え、…なんで」
「…」

渡里は黙り込んでしまった俺の手を引っ張って再び歩き出す。その背中には大きい荷物が担がれている。なんなんだろう、とおもってたけど、もしかして。

「…迎えに行こうと思ってたんだ」

渡里は、ちいさくそう吐き出した。







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