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サルビア



そんな生き物の気配の濃い沈黙のあと、ふいに、獣のいななきが途絶えた。鳥も楽しそうなおしゃべりを止め、しんと黙りこむ。スグリが思わず目を開けるほどには、この静かな空間で、ある種の特別な出来ごとが起こったことは明白だった。一瞬置いて、鳥たちがばさばさと飛び去っていく音がする。木々がざわめき、獣たちの蹄が土を蹴る音が続く。思わず身を固めたスグリが、立ち上がるよりもさきに。

「スグリ!」

ぴんと背筋を伸ばしてしまうような声が間近でしたものだから、スグリは驚いて心臓が止まりそうになった。木の洞を潜り、この花園へと這入ってきたのは、スグリの名を呼んだのは、もちろんかれだ。他にこんなところに来るひとの心当たりなどなかったから、それは当然なのかもしれないけれど。

「シルヴァ」

ぽろり、と、まるで確かめるみたいにかれの名が口を衝く。なんで、とか、どうして、とかそういうことばが出るよりさきに、駆け寄ってきたシルヴァに勢いよく抱きすくめられた。かれの腕に引っ張られるままに、ぽすんとその胸に飛び込んでしまう。出来るだけあたたかい恰好をしていたとはいえ本格的な冬の到来を間近にした季節のせいですっかり冷え切った体が驚くくらいには、シルヴァのからだはあたたかかった。その息が、まるで全力疾走したあとみたいに弾んでいる。

「…あの、」

とりあえずとっさにさっき練習していた謝罪の言葉を口にしようとしたスグリの目論見は、スグリをきつく抱きしめたまま、ちっとも理解できない言葉を畳みかけるように話すシルヴァにすっかり遮られてしまった。なにか言われているのに、尋ねられているのにちっとも意味がわからない。シルヴァはいつもならスグリが理解できるようにゆっくり言葉を噛み砕いて喋ってくれるのに、今日はさっぱりだ。スグリの頬に手を宛て、押し殺すような声でなにかを言っている。

「し、シルヴァ、シルヴァ」

待って、わかんない。思わず自分の言葉が口をつく。それでようやっとはっとしたらしいシルヴァが、そろそろと身体を離してスグリの顔をじっと見た。かれの瞳が、ありありと安堵の色を映し出す。夜目でもそれとわかる深紅の髪が項垂れたその肩口をするりと流れ、深い深い安堵の嘆息が吐き出された。

…探しにきて、くれたのだろう。きっとアカネにスグリがひとりで出かけたことを聞いたシルヴァは、びっくりして、スグリを探しに来てくれたのだ。よくここがわかったな、と思う。ここは、スグリの足ではすこしとおい場所だ。探させてしまったに違いない。シルヴァが息を切らしていたのは、そのせいかも。色々なことを考えてしまってスグリの頭は思考停止寸前だった。ごめん、とか、ありがとう、とかそんなことしか言えないでいるスグリに我に返ったのは、シルヴァのほうである。

「身体は平気か?」

ゆっくりとスグリにもわかるようにそういったシルヴァに、スグリはなんども頷いてみせた。身体もすっかり暖まったし、これでもうシルヴァを心配させているという悩みの種もない。そういえばスグリがひとりでこんな重い籠をふたつも持って帰るなんて無理だ、ということにも気付いて、スグリはおのれの短絡思考にちょっと呆れてしまう。

「あの、これ」

これを、採りに。そんな意味を込めて、さっきからなおざりにされているふたつの籠を指差してみた。シルヴァは今それに気付きました、という顔をして、それとスグリを交互に見比べる。

「冬、食べるのに…」

といったようなことを、つっかえながらなんとか伝えてみた。目を瞠ったシルヴァが、その顔をやさしく笑み崩す。しょうがないなあ、とか、困ったやつだなあ、とかそんなふうなその表情に、スグリはちょっとだけムキになった。

「美味しいから!」

籠を指差して、美味しい、美味しい、と繰り返す。元気な様子のスグリに安心したように、笑ったシルヴァがその頭を撫でて立ち上がった。片手をスグリに差し出して、もう片方の手で籠を担ぐ。きょとんとしてかれを見上げると、それでも条件反射のように伸ばした手を掴んで力強く引き起こされた。

「帰ろう」

シルヴァのひとみがやさしい。どうしようもない安堵が滲んだそこを見て、スグリはこくんと頷いた。かれの手をぎゅっと握り、せめて少しでも荷物を持とうとなんとかちいさいほうの籠を奪い返す。

何と言ってかれにこの思いを伝えればいいのか、スグリはひどく悩んだ。自分だってちょっとは役に立てるということ。…いまそれを言っては、あまりにも説得力に欠けるかもしれないけれど。

「シルヴァ」

かれの手を引っ張って、スグリは胸を張った。さっきまでだって、ちっとも怖くないし、不安じゃなかった。それはすごいことだ。スグリは、自分で、シルヴァのところに帰ることを何のためらいもなく決めていた。それはシルヴァが、スグリに居場所をくれたからに他ならない。言葉では到底言い表せないような感謝の気持ちを、スグリはだから、こうしてかれの役に立つことで示したかったのだけれど。

「…」

今回は成功とは言い難かった。こんどはうまくやるぞ、と思いながら、けれどシルヴァがスグリを探しだしてくれたことがうれしかったから、シルヴァが両手がふさがっていることをいいことに背伸びをしてかれの頭を捕まえる。

鼻先にちゅっとひとつくちづけをすると、シルヴァがものすごくびっくりした顔をした。











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