main のコピー | ナノ





冬期の寄り合いを終えたころにはもう、陽はとっぷりと暮れていた。ようやっと張り詰めた会議の雰囲気から解放されたムラの男たちは、好き勝手四方山話に花を咲かせている。そういえば今日はチョコの日だな、と口にしたのは、だれが最初だったか。

このムラに伝わる風習のひとつに、今日この日、チョコの成る木にまつわるものがある。古来は意中の女に山の奥地にある、一年でこの時期だけ実を実らすチョコの実を取ってきて勇気を示す、というのが原義だった。あのチョコの木はとても美味な実をつけるから、それを贈ることは名誉であったし殊更に喜ばれるものであったらしい。それが時が経るごとに、少しずつ内容を変化させている。

たとえばチョコの実のなかみで作った菓子を、恋しい相手にあげるだとか。けれどさらに時が経ち、このムラに生まれ育つ女の数は減ってからは、そんな風習も無くなっていた。男たちも恥ずかしがって妻や恋しい相手にこの話を持ち出さないものだから、自然、それは語り継がれるだけのものになっているわけである。

「でも、そういえば、この間アザミさんが女だけを呼び集めていたよなあ」

と期待を含んだ声を上げたのは、寄り合いのなかで一番若い男だった。先の侵攻で攫ってきた嫁に、すっかり尻に敷かれている男である。そういえばそうだった、とシルヴァはそれを思い出していた。女だけ、ということだったからスグリを送ってやる用事もなく、かれの体調もよさそうだったから、いっしょに山に出かけたんだったか。冬の山は厳しいけれど、すこし平原に出るくらいならば美しい景色が広がっているばかりなので、スグリも楽しんでいたようだった。きらきらとかれが笑うと、シルヴァもうれしくなる。

シルヴァにとって、スグリは大切な家族だった。笑えばうれしいし、悲しそうな顔をすれば辛くなる。こんなふうに他人に感情を揺さぶられることがあるなんて、シルヴァは知らなかった。大切に大切に慈しんでいるかれは、いつもふくふくとしあわせそうにその頬を綻ばせて、そのきらきらと輝くあおいろの瞳を弛ませている。思い出して早く会いたくなって、シルヴァはきゅうにそわそわしだした男たちがいそいそと帰っていくのに合わせてアザミの家にスグリを迎えにくることにした。

冷えた夜の空気のなか、それぞれ家のほうへ帰っていく男たちの足が心なしか早い。なんとなくおかしい気分になって、アザミが女たちを集めたのがほんとうにチョコの説明をするためだったらいい、とシルヴァは思わずにはいられなかった。…そうでなかったら、次の寄り合いであの若い男はたぶんさんざんからかわれるに違いないからである。

「あら、シルヴァ。お疲れ様。…スグリ、お迎えよ」

珍しく薬草の薬臭い匂いでなくなにか甘い匂いが漂っている居間ではアザミが、その底知れない影響力を持つ穏やかな表情を緩ませて茶を飲んでいた。かるく頭をさげ、シルヴァはかれを待つ。なんだかひどく派手になにかが落ちた音だとか、アカネとスグリがなにかを話しているらしいシルヴァには分からない言葉が交わされているなかで、めずらしく少し待たされる。

ようやくスグリが飛んできたとき、シルヴァはちょっと困った顔になってしまった。なんだか服や顔に、いろいろなものが付いている。粉っぽいものだったり、なにかが飛び跳ねたらしい痕だったりした。なにか作っていたのか、とは思ったけれど、アカネと何かを言い交わしたスグリが帰ろう、と手を握ったので、尋ねるのはあとまわしにする。アカネとアザミになにかを言ったスグリがかのじょたちに手を振ったのを見て、どうしようもない頬が緩んだ。…かれのことばで話すときのスグリは、当然のことだがシルヴァと話すときより口数が多い。なにか楽しげに言い合っているのに混ざれないのはすこし面白くないのだけれど、スグリにそんなことをいったら困らせてしまうから、シルヴァはひそかにアザミにかのじょの言葉を習おうかと思案しているところだった。

「…」

外へ出て、そして気付く。

「…スグリ?」

かれの肩を抱き寄せて、それではっきりと気付いた。なにかとても甘くていい匂いが、その身体から漂っている。スグリもそれは知っていたようで、鼻先を近付けたシルヴァにくすぐったそうに笑うだけだった。

「帰ろう、シルヴァ」

悪戯っぽく笑ったスグリが、シルヴァの手をぐいぐいと引く。どうしたんだろう、と思いながら、シルヴァも一先ずそれに従った。それほど離れていない家につき、外套を脱いで居間に落ち着くと、スグリが顔をほころばせながら隣に座る。やはりその身体から、どうしようもなく甘い匂いがした。

「えっと、…その」

何かを言おうとして、けれど言葉が足らなくて言い淀んだスグリは、しばらくの間目を閉じて言葉の辞書を手繰っていたようだったけれど、ほどなくして諦めたらしい。何が何だかわからないままのシルヴァの手のひらのうえに、ちいさな箱に入ったものを乗せた。

「…?」
「…いつも、ありがとう?」

何故か語尾を上げ、ちょっと不安そうにスグリがそんなことをいう。なんのことかと思いながら箱を開け、シルヴァはひどく驚いた。

そこに鎮座していたものを見て、先ほどの匂いに漸く合点がいったのもある。さきほどのアザミの、なにかを含んだような微笑みに納得がいった、というのもある。そして何より、スグリがシルヴァのためにこれを用意したのだ、ということが分かったから、シルヴァはとても驚いたのだった。

そこにあったのは、先ほど話題に上がったばかりのチョコだった。先ほど作っていたのは、これだったのだ。…チョコの実を割り、中の液体を冷やして固める。それにいろいろな工夫を施して作ったそれは、紛れもなくあの風習に出て来るものと相違ない。

「…ありがとう」

その箱を受け取ってから、シルヴァはすこし経ってようやくその言葉を絞り出せた。ほっとしたように笑ったスグリの目尻にキスを落とす。するとスグリが、くすぐったそうに笑い声をあげた。

チョコが融けてしまいそうなくらいにどろどろ甘くじゃれあいをしていたら、自分でつくったチョコをひとつ摘まんだスグリが、ちょっと微妙そうな顔をして、アカネがつくったのとちがう、と零した。あの子も作ったのか、と思って聞けば、スグリはひとつ頷く。

いつもありがとう、の気持ちを込めて、のほかに、それには愛や恋を伝える謂れもあるのだとかれに言えば、スグリは分かりやすいことに首すじまで真っ赤になった。微笑ましくそれを見ながら、シルヴァは溶けてスグリの指を汚したチョコをぺろりと舐める。

「…、べつに、それで、あってる」

するとくすぐったそうにしたスグリがそんなことを言ってくれたので、シルヴァは思わずかれをぎゅっと抱きしめた。








top main
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -