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…という予想が確信に変わったのは、かれと並んで台所に立ってすぐだった。

「…リオン、湯煎っていうのは、お湯にチョコを突っ込むことじゃないぞ」

さっそく板チョコ一枚を熱湯のなかに突っ込もうとしたリオンを止め、悠里はちょっと眩暈を感じた。本を片手にしているのにも関わらず間違えている姿勢は、いっそ潔くて好ましくもある。

それでもかれは一生懸命に、悠里のためにチョコを作ろうとしてくれていたのだろう。リオンは悠里のことを、とても好いてくれているから。かれに教えてもらった大切なことを、悠里はよく覚えている。恋は目でなく、心でみるのだということ。たいせつなものは、目には見えないのだということを。

湯煎は出来る、と思いこんでいたらしいリオンがカルチャーショックを受けているなか、悠里はいてもたってもいられずかれの作業を傍観するのをやめた。

袖を捲り、チョコレートを細かくきざんでレンジに突っ込む。小麦粉やらココアパウダーをふるいにかけ、めったに使わないケーキ用の型をキッチンの奥底から取り出して準備をする。ぽうっとその様を見つめているリオンに卵白を泡立てるように頼んで、必要な材料を引っ張り出した。

ミキサーもまともに使ったことがないらしいリオンに、慌てて椋のフォローが入っている。電源を付けたまま上に上げたら飛び散るからね、とか、白い泡の塊になるまでだよ、とか、いろいろと知恵を付けているのをみて少し安心した。柊と雅臣は、思わず顔を見合わせている。

「銃火器は使えるけどこういうのは無理ってことか」
「極端すぎんだろ…」

手際良く他の用意を整えた悠里は、なんてこともなさそうに涼しい顔をしている。チョコの甘い匂いが漂ってくるのを見て、その表情を僅かに綻ばせていた。

「バレンタインのたび、妹にせがまれてさ」
「シスコンとして、それはオッケーなのか?」
「友チョコなら許す。他は認めない」

真顔で言い切った悠里に思わず言葉を失った柊をよそに、悠里はリオンがなんとか泡立てたた卵白を受け取った。一仕事終えました、というふうな顔をして疲れ切った椋が、柊に首を振ってみせる。

「完全に気持ちが先走りすぎてるね…」
「あいつの手際が良すぎるのもあるけどさ…」

リオンに簡単な解説をしながら、悠里は手際よく生地を作り終えたようだった。トントンと型を落として上面を整え、レンジに入れて時間を設定する。

「…こんな感じ。難しくないだろ?」
「は、はい!ありがとうございました!」

洗い物を片付けながら、リオンがぺこりと頭を下げる。あれはぜったいに分かってない顔だ、と気付いたけれど、黙っておいてやろう、という暗黙の了解が、三人の間にあった。

「俺は、リオンがこんなに練習しようと思ってくれただけで、嬉しいよ」

チョコに込めたい気持ちは、もうとっくに悠里には届いている。うまく愛とか恋に応えることが出来ない悠里だからこそ、こうやって、少しでもその気持ちが伝わればいいと思う。

レンジのなかで、ガトーショコラが膨らんできていた。感動したように目を瞠ってそれを眺めているリオンを、悠里は微笑ましく眺める。

結局、リオンがひとりでそれを焼けるようになるまでに、ガトーショコラとそれもどきは、六個ほど作られた。暫く甘いものは見たくないというくらいには打ちのめされた三人には、ほんとうに申し訳のないことをしたと思う。それから柊や雅臣にチョコを渡そうと目論んでいた、他の人たちにも。けれどいびつだけれどそれなりに見られるような完成品を前にして喜んでいるリオンを見て、悠里はひどくうれしかった。かれがあれを渡したい、と思っているのが自分だというのなら、それはすごく光栄なことだと思う。恋を恐れる悠里にとって、それに果敢に挑むリオンの姿は、いつだって眩しい。

バレンタイン当日、去年のように大量のチョコを分けた箱のほかに悠里に手渡されたのは、かわいらしくラッピングされたちいさな箱だった。顔を真っ赤にしてそれをくれたリオンの頭を撫でてやって、悠里はありがとう、という。…ホワイトデーにはなにか、かれがびっくりするほど手の込んだお菓子でも贈ってやろうと思いながら。

なぜかすこし苦くて辛いガトーショコラを食べながら、悠里はちいさく笑みを零す。ちなみにきっと山のようなチョコで苦しんでいるだろう柊と雅臣には塩気のあるクッキーを作ってやったので、それで勘弁してもらいたいところだった。











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