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柊といっしょに購買にいったら、グルメ志向なこの学園の生徒たちが珍しいことに列をなしていたので、悠里は非常に驚いた。悠里よりもずいぶんちいさくてかわいい生徒たちがわらわらと購買のなかにいるものだから、思わず入り口で躊躇をする。

「…なんだ、これ」

それに驚いたのは、柊も同じらしい。いつもなら柊や悠里が歩いていようものならあれが噂の転校生、とか、ああ生徒会長だ、とかそんな囁きが漏れず聞こえてくるのに、今日に限ってはその気配もない。なにかあったっけ、と悠里を顔を見合わせ首を傾げていたら、活気に満ちた購買に澄んだ声がひと際大きく響いた。

「あ、悠里さま!」

言いながら人ごみの間を潜り抜け、悠里のまえに飛び出してきて顔を覗かせたのはリオンだった。いつ見ても人形のように整ったその顔をぱあっと綻ばせ、ぺこりと頭を下げる。

「何かありましたか?言ってくだされば、お部屋にお届けします」

いつもどおり甲斐甲斐しくそういったリオンはけれど、身体の後ろに買い物かごを隠しているようだった。気になったらしい悠里はその長身を生かして、ひょいとそれを覗き込む。

「…なんだ、それ」

思わずそう口をついたのも、無理はなかった。籠のなかに詰め込まれているのは、山のような板チョコだったからである。というかこんな細うででよくこんなに持てるものだ、とちょっと感心しながら、悠里はひとつ首を傾げた。

「そんなに食べたら鼻血出るぞ?」
「…ああ、そうか。バレンタイン」

悠里と柊がそういったのは、ほとんど同時だった。それを聞いてはっとしたらしい悠里が口を噤む。バレンタイン。そういえば明日は、そんな日であったか。ここは男子校なわけで普通なら共学への怨嗟の声に満ちるはずなのに、もちろんそんなことはないらしい。どうりでこんな親衛隊に入っていそうなちいさくてかわいい生徒ばかりこんなにたくさん購買に押し掛けているのかと理解して、悠里はおおきく頷いた。リオンは耳まで真っ赤になっている。

「あの、僕、あんまり料理得意じゃなくて。練習しなきゃいけないから、その…」

渡すのは、悠里さまだけです。小声で付け加えたリオンを、悠里は綻ぶような笑顔で見た。思わず柊も面喰ってしまう。注目を浴びていないとはいえ、人目のあるこの場所では無防備すぎる笑みだ。でもかれが続けて言った言葉に、柊はそれに対する忠告の機会を失ってしまう。

「練習なら、付き合うか?」

…これは、仮にも周囲には、「氷の生徒会長」として扱われている男の弁である。

あまりに衝撃的な言葉だったせいか断ることも出来ずに頷いてしまったリオンと、あと味見頼むわなんてひどく気軽に頼まれた柊を連れて、悠里は購買から自室へと引き返した。動揺するあまり先ほどから柊の背中を決して軽くない拳でど突いてくるリオンをどうしてやろうかと何度となく柊は思ったのだが。

「…あれ、兄さん。に、悠里さんに、リオンまで!」

ちょうどいいところにサンドバックがいたので、柊は早々にその役目をかれに譲った。椋はといえばいつもどおり新聞局の腕章をその腕にくっつけて、カメラとメモを片手に学園内を駆けまわっていたらしい。

「どうしよう、どうしよう、椋。悠里さまの前でお菓子作りなんて出来ない!」

リオンに思いっきり胸倉を掴まれて揺さぶられながら、流石というべきか椋はその言葉だけで瞬時に状況を理解したらしい。柊のほうにぐっと親指を立て、キタコレ、とか訳の分からない言葉を口走っている。

「悠里さん!何を作るんですか?」
「んー、どうしようかな。たしか生クリームの残りがあったはずだから、ガトーショコラでも」
「お前、ほんと何を目指してんだよ」

そういえば昨日相伴にあずかった晩ご飯はカルボナーラだったな、と思い出しながら、柊は悠里のこの無駄な家事スキルに舌を巻く。かれの料理の引き出しはほんとうに豊富だった。滅多に食堂で食べない分、料理が趣味になっているようだ。

「お。珍しい組み合わせだな。どうしたん」
「おう。おまえ、甘いもの大丈夫だっけ?」

寮の手前まで差し掛かったところで、今度は雅臣に出くわした。リオンに椋まで連れている悠里をみて、意外そうな顔をする。そんなかれに悠里がそういったから、柊は思わずリオンを振り向いていた。リオンと雅臣が犬猿の仲だということは、夏休みの一件でしっかり思い知っている。けれどリオンは、未だに錯乱したまま大量の板チョコが入った袋で椋を殴りつけているところだった。それどころではないらしい。

「何、バレンタインの話?悠里がくれるんなら喰う」
「なんで俺がチョコやらなきゃいけないんだ。これからリオンと練習するから、腹減ってんなら来いよ」

半眼になって雅臣を睨みつけた悠里が、リオンが持っている大量のチョコを指差す。軽く肩を竦めたその物言いに、僅かに押し黙った雅臣がぷっと噴き出した。

「なんだよ、あの量。何作る気だ」
「どう見積もってもケーキ十ホール以上できる。せっかくだから、どう?」
「行く行く」

あいつ兵器でも作るつもりかよ、とか、リオンにチョコ作りとかムリだろ、とか、好き勝手なことを言っている柊と雅臣を横目に見ながら、悠里は小さく苦笑いをした。かのかわいい親衛隊長は、去年、本場のベルギーのお高そうなチョコレートをくれたのだったか。悠里に届けられたたくさんのチョコに怪しいものがないかどうか選別をして、丁寧に賞味期限ごとにわけて、そして最後にお邪魔でなかったら、と差し出してくれたかわいらしい箱は、たしかに市販品のものだった。悠里はそれを美味しくいただいたのだけど、もしかしたら去年も、手作りしようとして失敗したのかもしれない。







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