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それから数日というもの俺はひどいものだった。母さんも呆れるくらいなにも食べないし顔も死んでるし、おまけに星も見ないで引きこもってるってんで周りの大人たちもこれはやばいぞ、と思ったらしい。

かれらは俺のそれを、学校での問題だと思ったようだった。まあ広い意味ではあってるけどさ。一番の問題は俺の人間性だ。

電源を切ったままどっかに放り投げてしまった携帯は、あれ以来見つかっていない。相変わらずきたない俺の部屋ではもう探しようがない。俺はもう、渡里の名前を見るのも怖かった。

塞ぎこむ俺を見かねて、親父の知り合いがアリゾナにある天体研究所で手伝いをしないかって声をかけてくれたのはひと月あまり経った頃のことだった。すっかり雪に閉ざされた街は空気が澄んで星がよく見える。薄情なものでようやっと夜中の天体観測だけは再開した俺に、その申し出は色んな意味でものすごく魅力的だった。

この部屋にいるとどうしても、あの夜のことを思い出す。渡里という俺と学校を結ぶ唯一の糸が切れると、教師たちも俺にはあまり干渉しないようになった。もうたぶん進級もギリギリだったろうしもちろん学校に行く気もないし、だから俺は、その申し出を二つ返事で了解した。やっぱり俺にはよすがは星しかないと思ったから。

アリゾナは天文研究者のメッカだ。アメリカ国立光学天文台があり、アリゾナ大学は天文学でももっとも有名な大学である。もろもろのサポートをするから手伝いをしながらいずれ入学を目指してみたらどうだ、と言ってくれた親父の親友にはもう足を向けて寝れないね。これで全部投げ捨てて、アメリカに逃げることが出来る。

母さんはさみしそうな顔をしていたけれど、ようやく俺が生き生きしだしてほっとしたようだ。英語だけはやっておいてよかったわねとか、母さんも退職したらそっちで暮らそうかしらとか、そうやっていってくれた。

ひっしになって勉強を始めた俺に、本来なら通っていたはずの学校を考える余裕はなくなった。自然、渡里のことで思い悩む時間も減るから、俺はそれにほっとする。あの日のことをもう夢に見ることも減っていた。

…もう、二度と渡里には会わないんだろうなって、そう思うとのどの奥がキュッとなる。最後に謝りたかった。けど今更どんな顔をして会えばいいのかわからないし、まだ携帯は見つかってない。そうやって自分を納得させるので精一杯だった。

「…」

なのに渡米前の荷物整理でついに携帯を見つけてしまった俺は馬鹿だ。うん。埃をかぶったそれはもちろん充電切れてるのに、充電器に繋いでしまった俺はもっと馬鹿だ。

逃げられるってわかってたから、だってことは自覚してた。渡米まえにこの携帯電話は解約する。このチャンスを逃したら二度と謝れない、ずっと後悔するって思ったから。

だって俺、ほんとは、渡里にすげー感謝してる。楽しかったから。それがたとえ俺の一方通行な思いでも、それでも俺は楽しかったから、せめて最後に謝りたかった。

二ヶ月ぶりくらいに携帯の電源をつけたとき、俺の心臓は止まりそうになった。未読メールも着信もパンクしそうだ。…だれのものかは、いうまでもない。

メールを見る勇気がなくて、俺は黙ってリダイアルボタンを押した。 退学手続きをもう済ませてしまったから、俺と渡里を繋ぐものはもう無い。話題なんて一つもない。だけどそのかわり、謝ることはたくさんあった。優しくしてくれてありがとう、ひどいことを言ってごめん、メール電話無視しっぱなしでごめん。それから、もっと。

「…すばる?」

あまり待たないうちに電話に出た渡里の声に心臓がものすごくばくばくした。数ヶ月ぶりに聞く渡里の声はかすれている。思いっきりどもってしまって相変わらずのコミュニケーション能力の低さにちょっとめまいがした。成長してない。

「あの。渡里、ひさし、ぶり」

…もう渡里は、いつもみたいに俺に話題を振ってはくれなかった。だからかわりに俺は口を開く。みょうに乾いた口がうまくまわらない。

「…ずっと、ずっとごめんな。黙って高校もやめちゃったし。ひどいことも、言ったし」

相変わらずの自己中さで、俺はこれまでの悪行を黙って連ねた。 渡里はなにもいわない。呆れてるのかな。でも俺は、言いたいことを全部言ってしまうために早口になる。

「…それでさ。俺、実は……」
「昴」

来週からアメリカに引っ越すんだ。言いたかった台詞はきれいに遮られた。あと俺泣いてる。こんなに泣き虫だったっけなあ、俺。

「これからお前んちいくから。…外出れるように、準備しといて」

…なんて俺のしんみりした気持ちは、ぶつっつーつーという無情な電子音に掻き消された。えっなに今なんて?って思わず口に出たけど通話きれてるから返事はもちろんない。えっ。

「…」

でも立ち上がってもそもそと着替えたのは、一発や二発殴られても割に合わないことを俺が渡里にしたせいだ。部屋の片付けよりも優先すべきことだってことはわかった。雪が降りそうなくらい寒いから、コートを着て部屋を出る。

居間に下りたら母さんが持ってたコップを落として割った。なんてことだ。引きこもりニートがついに自発的に外出しようとしたことに感動したらしい。泣きながら抱きしめられて気を付けてねってマフラーを巻かれて、俺は家を出た。






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