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スグリをアザミとアカネに任せて、シルヴァは集会場で行われているやり取りを退屈げに眺めている。毎年この時期になるとやってくる行商人。新しい地図や織物にランプなんかをたくさん商うので、このムラは一年ごとに買うものを決めて大口の取引をしていた。

「シルヴァ、あんまりため息ばかりつくなよ」

といって肩を叩いてきたのは三軒先に住んでいる男だ。狩りのときには剛腕で知られているかれだけれど、かれもまた嫁を貰ってきてからずいぶんと丁寧な狩りをするようになっている。そんなかれもまた、商いの中心には近づいていかないようだった。

「納得づくとはいえ、いい気持ちはしないだろう」

吐息交じりに吐き出すと、まあな、と潜めた声で返事が返ってくる。行われているのは女性の人身売買だった。奴隷として使うだとかそういうのではなく、簡単にいうと花嫁の売買である。例えば結局連れてきた女がムラに戻ってしまった男だとか、例えば嫁を得られなかった男だとか、そういうのを対象にしてこのやり取りが毎年行われているのだった。

売られてくる方も飢えに苦しむムラよりは少なくとも喰いはぐれはしないここのほうがいいと望むものばかりなのでトラブルも少ない。ムラのほうでも、十数年に一度と定められている花嫁の強奪だけではその需要を賄いきれないというのが本音だった。勝手にぼつぼつとどこかのムラから女を攫ってくるような真似をさせないためには、こういった手段を講ずるしかないわけである。

「シルヴァさん!シルヴァさんはいいんですか?」

見張りを担当している二人とは違い、そう言いながら駆けよってきた少年はおそらく完全な冷やかしだろう。かれもこの間、スグリのムラへ攻め入ったときに嫁を捕まえてきていた。噂によるとかなり尻に敷かれているらしい。まだ成年に達しきらないけれど、勇敢さでは同年代から抜きんでた存在だ。シルヴァのことを尊敬しているらしくたまに家に遊びにくるのだけれど、スグリがこわがるので大抵追い返している。聞くところによるとスグリを見つけて家から引っ張りだしたのはかれらしい。

あの後、シルヴァが嫁を間違えたというのでもう一度侵攻に行こうかという話すらあった。よりによって男のガキを間違えて連れてくるなんて、と笑われたりもしたがシルヴァは一向に耳を貸さず、最近ではもう諦めを含んだ目で「子育ては順調かい?」なんて聞かれたりもする。…まさかスグリが嫁を貰えるような歳だと、やはり誰もわからないらしい。

「俺はいらない」
「…家族ならなんでもいいのか。子を為すつもりはないのか?」
「俺がほしかったのは、家族だ」
「でも、あんな子供じゃあ…」

どう考えてもスグリをこども扱いしている少年に、あれでもスグリはお前より年上だぞ、と言ってやろうか迷って、やめた。次々とやりとりが成立しているのを眺めながら、手持無沙汰をどうしてやろうかと窓のそとを眺める。山の中にあるこのムラは、間もなく外の世界から隔離された空間となった。食糧は十分にあるから心配はないが、やはり行商人の定期的な訪れすらなくなるのはすこし不安ではある。

「今年もありがとうございます」
「…ああ」

流暢にシルヴァたちの言葉を操る行商人の男が、なんとなく並んで窓のそとを見ていた三人のまえに現れた。如才なく頭を下げた男が今回の品物の一覧表を手渡してくるのを受けとって、一応それに目を通す。シルヴァも名前しか聞いたことがない遠いムラの名前が並んでいた。おそらく今回売られてきた女たちの故郷なのだろう。このムラでも仕方ないこととはいえ、あまりこの市で女を買うことは好まれてはいない。余所から攫ってくるほうがよっぽど迷惑だろうと思うのだけれど、伝統だと言いくるめられればどうしようもなかった。それでスグリと暮らせるようになったのだから、シルヴァもあまり強いことはいえない。

「今年は疫病が流行っているようですから、お気を付けて」
「…この女たちは大丈夫なんだろうな?」
「ええ。かのじょたちのムラでは疫病は起こっていませんよ。流行っているのはどちらかというとこの山を越えた向こうです」
「…」

スグリたちのムラがある方だ。ひどく流行らければいいな、と辛うじてそれだけ答えて、シルヴァはゆっくり瞬きをする。スグリにこれを伝えるべきなのか、それとも黙っているべきなのか少し悩んだ。このムラでシルヴァはスグリの耳をふさぎ目を覆うことが出来るから、なおさら。

「風向きからしてこちらへ広がってもおかしくありませんからね。薬はまだ見つかっていないようです」

教えてくれた行商人に礼を言って、シルヴァは大きく嘆息をした。流行り病の類は数年に一度ムラを薙いでゆく。手は尽くせどどうしようもならない場合も多々あった。とくにシルヴァが思うのは、ただでさえ身体のよわいスグリのことである。もしそんな疫病でも貰ってしまえば、かれは立ちどころに死んでしまうだろう。それだけは何としても避けなければならなかった。暫く外には出さないようにしようとか、もっと栄養の付くものを食べさせなければ、とか考えながら夜が更けるのを待った。

「…シルヴァ、どうかしたのか?」
「いいや、何でもない」

考え込んだ様子のシルヴァに先ほどの男が声をかけて来る。首を振ってシルヴァはなお行われるやりとりに目をやった。あいにくなことに、スグリに買っていったら喜びそうなものはひとつもない。無意識にそんなことを考える自分に、やはり変わったな、とシルヴァは自分で思っていた。









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