1




こうこうと吹き荒ぶ砂嵐が、シェルターを揺らしている。警報が鳴ったときに運よくこの対塵シェルターのそばにいたからいいものの、もし遠くにいたらひとたまりもなかったろう。コハクは隅のほうで膝を抱き寄せながら、そんなことを考えていた。

今回はまだ、恵まれているほうだ。このシェルターに特権階級の人間が入ることはなかったから、コハクたちも追い出されずに済んだ。こうして運よくシェルターにもぐりこめたら、砂嵐に身体を打たれることも豪雨に叩きのめされることもなくて済む。誰でも入れるシェルターは、ひどくありがたいものだった。
 
荒廃した世界において、人々は旧世紀のような暮らしを余儀なくされていた。自衛のために女子供ですら銃やナイフを携帯している現状では、真の混沌は一般市民の中にある。世捨て人たちは徒党を組んでかれらを襲い、いかに特権階級の人間に媚を売るかで必死な警吏など当然一般市民など慮ってくれないものだから、かれらは自警団を作る他なくなってしまう。コハクの父も、嘗てそれに属し、そして盗賊や強盗との諍いの際に命を落としていた。それが元で母も病みつき、後を追うようにして死んでしまっている。コハクは、天涯孤独の身なのだ。

「…もう止んだかな」

シェルターを叩く砂粒の音が、少し弱まってきたようだった。
僅かに息を整え、口元を布切れで覆ってから、旧時代もいいところのプラスチック製ゴーグルを目に付ける。シェルターのとびらを開け、容赦なく顔を叩く砂嵐に眉を潜めてから、コハクは外へと飛び出した。世界は黄砂の色に染まっている。

――天涯孤独のこの身を、かわいそうにと思って大切に養育してくれる人など、ここにはいない。だからコハクは、幼い時分から、ひとりで生きていかなければいけなかったのだ。例えばこうして、砂嵐に巻き上げられたゴミのようなガラクタの山から僅かに残った使えそうなものを探しだして売ったり、旧時代の遺跡に入ってなにかコレクターに売れるようなものを探したり、そんなことをして。

「っと」

砂嵐が巻き上げたどこかの店の看板が、遥か頭上を飛び過ぎていった。咄嗟に身を屈めてから、コハクはゴーグルの奥で注意深く辺りを見回す。シェルターに入り損ねた人間たちは建物の影に隠れて身を寄せ合っているようだった。その中を強引に進んでいくのは、コハクのように身よりのない、自警団を困らせているような違法すれすれのことをして生計を立てている人間だけ。見知った顔もいくつか視えて、コハクは布で覆った口元を僅かに綻ばせた。かれらより先にめぼしいものを見つけて、それで食べ物を買おう。食べ物さえ手に出来れば、それを交換して寝床を手に入れることも出来るし、不幸にもおなじように天涯孤独の身になってしまったまだ幼い子供たちに分けてやることも出来る。

行く手を塞ぐどこかの屋根を足場に、コハクは身軽く露天の屋根の上へと飛び乗った。軽いコハクの身体はその頼りない骨格に支えられ、そのまま障害物のない道を走りぬけていく。砂嵐はほとんどその勢いを失い、なんとか周りを見とおせるほどにまでは落ち着いていた。

今コハクがいるのは、この町でももっとも貧困層が集まるスラム街のような場所である。どうせあの屋根も、ガラクタをどこからか拾ってきて拵えたものだろう。…住む場所があるだけいい、と、コハクはそう思っている。屋根のしたで肩を寄せ合って、過ごすことが出来るだけで、十分だ。コハクが持っていないそれを、ひどく羨ましく思う。自警団の人間たちがばらばらと各々の家やシェルターから飛び出して、街の確認に駆けずりまわっていた。かれらに見つかる前に目ぼしいものを手に入れなければ。屋根を蹴り砂がうすらと積もった地面に着地をし、コハクは周囲を見回しながら走った。

―――先の大戦の影響で世界がこうまで荒廃し、秩序を失ってしばらく経つ。もちろんコハクは雑誌やなにかに乗っているうつくしいこの世界の過去の姿など実際に目にしたことはないし、馴染みがあるのはむしろそのもっとまえ、旧時代と呼ばれる世界のほうである。コハクの糊口を繋ぐそれら旧時代の製品は、たとえばコハクの眼を砂嵐から守っている道具のように、まだまだ使うことが出来るものが多かった。だからここらに住んでいる人間なんかは、生活のほとんどの道具を旧時代の製品で賄っている。

それでもなんとかやっていけるのだから、「新時代」とやらもそれほど大したものじゃなかったに違いない、と、コハクは思っていた。コハクは無論学などないから、この世界の歴史も成り立ちも知らない。幼いころに読み書きと計算だけは叩きこんでくれた父に感謝をしながら、コハクは足元に転がっていた砂にまみれた雑誌を手に取った。おそらくは街全体をシェルターで囲まれている王都からの荷台かゴミに紛れていたのだろう、ここらではまず見慣れない鮮やかな写真の印刷されたものである。…これはいいものを見つけた、と思いながら、コハクはなんともなしにページを捲ってみた。

王都で、凶悪犯が脱獄した、という話。世界の平和に向けての首脳の話し合いが行われたというもの。どれももちろん、コハクには縁のない話である。

たとえそこが牢獄だとしても、あのデカいシェルターのなかにいられるのなら、随分としあわせだと思うのだけれど。どんなに悪事をしても警察がやってくることはないから、この町の住人には逮捕されて牢獄に送られることすら許されない。できるだけ汚れが付かないように気を付けて雑誌を鞄に仕舞い、コハクはひとつため息をついた。砂嵐の過ぎ去った空には、黄色い太陽が雲の向こうでうっすらと輝いている。








戻る

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -