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雪が降ると外に出たくなる。転げ回って走り回って、かまくらをつくってみたりなんかして。雪玉をぎゅっと固めて圧縮して、思いっきり振りかぶって投げたりして。あれ当たると本気で痛いんだよな、小さいころはそれがもとでよく喧嘩をした。

成長したって相変わらずだ。雪が積もったら遠出をしたくなるし、それにはひとりじゃつまんないから幼馴染を叩き起こして同行させるのも当然のことである。

「起きたか?」

屋根に積もってた雪を手のひらですくって幼馴染の顔面に載せてやる。約二秒でびくりと肩が竦み、三秒で不快そうに眉がゆがむ。目を閉じてさえいればなかなか男らしい顔をしてるっていうのに、目が覚めた途端にへにゃへにゃした顔になるからこいつはほんともったいないやつだ。

「ん…よしくん?」
「起きたか?出かけるぞ、五分で支度しろ」

俺にこう言われちゃ拒否権なんかないってわかってるお利口なこいつは、うんとかむむとかそんなようなことを言いながら目を擦った。ベッドサイドに腰掛けた俺を認識してはにへにへと早速だらしない笑顔になっている。大型犬みたいで嫌いじゃないが、もうちょっとこうキリッとした顔出来ないもんかね。

「どこに行くの?」

小さい頃からよしくんよしくんと俺の後ろをひな鳥みたいについてきてたこいつだが、もうこの年にもなるとやっぱり体格差ってものが出てきて、俺よりこいつのが頭一個くらい背が高い。ガタイもいいこいつは中高と運動系の部活をやっていたこともあって、ほんとなら俺のことなんて腕一本で黙らせてしまえるくらいには強いのに、俺のまえでそんなこと素振りも見せやしない。

いつだって俺に褒められて、頭を撫でられるのを待ってる、ペットの犬みたいなやつだった。そんでもって俺も、そんな立場に胡坐を掻いて、こうして徒歩ゼロ分窓からちょっと飛べばすぐに侵入可能ってな具合のこいつの家にこうやって我が物顔で入り込んでいる。大学生になっても、この習慣は相変わらずだった。

「せっかく雪積もったし、そういうとこ」
「わかった。じゃあさ、裏山いこ。ちっちゃいころよく行ったじゃん」

服を着て着々と準備を整えるこいつは凄いね。俺なんて目が覚めても三十分は布団から起き上がれねえもん。この季節ならなおさらだ。こいつがこうまで目覚めよく育ったのは、俺のおかげに違いない。

「あらよしくん、来てたのね」
「おばさん、おはよう」

物音を聞きつけたらしい凛也のおばさんがドアから顔を覗かせた。定位置の椅子に座って待っていた俺に微笑みかける顔は、やっぱり凛也にどことなく似てる。ご飯用意してくるわねっていって楽しげに階段を駆け下りていくさまは、昔から変わんねえなあ、と思った。俺はお袋も親父もいないから、ことさらに強く親子ってもんをおばさんと凛也との間に感じている。俺を天涯孤独にした三年前のあの夜から、俺はひとりで暮らしているからなおさらだ。

「じゃ、ご飯食べたらいこうか」

なんて俺がしんみり考えてるあいだに支度を整えたらしい凛也が洗面台のほうから戻ってきた。ああ、と頷いて、俺はきらきらと白い窓の外を見やる。あの事故もこんな、雪の降る日のことだったっけ。

凍った道にスリップしたトラックが親父とお袋が乗ってた自動車に突っ込んだ。即死だった。俺はたまたま風邪を引いていて、そのためにふたりが薬局に行った帰りっていう、そんな日の夜だったっけ。…風邪で朦朧とする俺を見てくれていた凛也のおばさんが電話を取って、血相を変えたのは覚えてる。そのときにずっと俺の手を握っていてくれた、凛也の心配そうな表情も。

おばさんのご飯はいつだって美味い。
お袋の味付けとは違う。親類に頼らないでひとりで生きていくと決めた時、かのじょは俺を抱きしめて、いつでも頼りなさいねと言ってくれた。あの時茫然としてた俺を強く抱きしめていた凛也の腕の熱を、今でも時々思い出す。

「いつもありがとう、おばさん」
「遠慮なんてしなくていいんだからね。出かけるんなら、たっぷり食べていきなさい」

申し出はありがたかったけど俺も俺で家でカップラーメンを喰った直後だったから、おかわりは断った。食べるのが早い凛也が、うずうずした顔で俺を待っている。こいつのこの脳天気な明るさは、俺にとっても救いだった。

「行こう、よしくん」
「ん」

基本的に寒がりなこいつよりだいぶ軽装な俺だったが、外に出るとやっぱりすこし冷えた。目的地の裏山なんてのは徒歩数分もかからないまさしく裏の山だったから、凛也のやつもずんずんと雪道を進んでいく。ずぼずぼ足が雪に埋まる感覚が、すごく懐かしかった。寒いけど。

「雪合戦しようか」
「いいけど、泣いても知らないぞ?」
「…もう泣かないし!」

拓けた場所まで来ると、ずんずん進んでいた凛也が振り返ってそんなことを言った。軽くあしらってやれば、ちょっと拗ねたような顔をあいつがする。ガキくさい。

「っぷ」

と思ってたら顔面に固めてない雪をわっさり掛けられた。襟首から雪が侵入してきて息が詰まる。やったなこの野郎、と低く唸りながら、俺は足元からごっそりと雪を掴んで持ち上げた。やっちまったって顔をした凛也に駆け寄るけれど、あいつも必死に逃げる。大学生になってなにやってんの俺たち、とかふつうに思ったけれど、今が楽しいので、やめた。

「喰らえ!」

先回りして顔面からぼふっと雪を被せてやると、へんな悲鳴をあげて凛也が暴れた。なんだかみょうに面白かったので、俺はたまらず笑い転げて雪の上に寝っ転がる。肌をぴりぴりさせるような冷たい空気と裏腹に、雪は俺をやさしく受けとめた。

「なにしてんだろね、俺たち」
「さーね」

となりにおんなじように寝っ転がった凛也が、顔から雪を払い落して笑いながらそういう。なにしてるかなんて俺だってわかんねえよ。…なんで急に雪遊びなんて懐かしいことしたくなったのかも、すでにもうわからない。わからないけれど、その原因は、…きっとあの日の悪夢は、もう、今は遠かった。

「よしくん」

伸びてきた手が、雪の上に放り投げられていた俺のてのひらを掴んで握った。手袋もせずに雪に触れたもんだから、痛いくらいに冷えている。けれど冷たいはずの凛也の手は、俺にはひどくあったかかった。

「ね、かまくら作ろうか。俺たちふたり入れるくらいの」

そして俺の手をきゅっと握ったまま、凛也がそんなことを言った。小さい頃、何回も挑戦したけど、子供の手には持て余したそれ。今なら確かに作れるかもしれない。…なんて。真面目に考えてしまう、俺もどうにかしてる。

「…そだな」

そう笑ってその手を握り返したら、あいつも照れたように笑っていた。




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