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毒食らわば皿まで
元暗殺者と王




たとえばめんどくさいからとか、衛士とか近衛の連中に万一怪我があっちゃいけないから、とかそういう理由で寝所の警備をゆるゆるにしているのは、馬鹿だと思う。そいつが小国のくせに豊かな資源と恵まれた気候や世界有数と言われる精鋭の軍隊を持っている、余所の国からしたらカモがネギを背負ってついでにガスコンロも牽いてきてますってな具合の王国の、若き王であるならなおさらだ。

大きく派手で天蓋のついたベッドが、いやみじゃないくらいに香を焚かれたこの寝室の中央に鎮座している。俺はといえば、息を凝らして状況を見守っていた。すでに連絡の入っているところによると、二年前から身分を偽ってこの国の軍に侵入していた将校が、夜陰に乗じて薄い警備を突破したらしい。薄い警備っていうのは、まるでおびき寄せるみたいにまっすぐこの王の寝所までに衛兵がひとりもいねえっていう、ザルを通り越してワク警備のことだ。

――このアホ王なら、いつか「歓迎・暗殺者様ご一行」なんて垂れ幕を城の窓から吊るしかねないと、俺は思っている。

「御覚悟!!」

悲愴な声で叫びながら、寝室に飛び込んできた長い槍をもった男。長期のスパイってのは強靭な精神力がいる。長く仲間として過ごす連中に、すこしの情でも沸いたらその時点でスパイとしては失敗だ。だって、こいつもほんの少し、槍の穂先が揺れている。こんもりと盛り上がったベッドに槍を突きこむ間際、ひどくつらそうな横顔をしているのが、俺みたいに闇に生きることに慣れたものの目にははっきりと見えちまう。

「…おや?」

天蓋の上の豪奢な装飾から、闇のなかではオブジェかなにかかと思わざるを得ないように微動だにしなかった物体が飛びおりたのはその瞬間だった。槍に突かれた羽毛がふわふわと舞う部屋が、いっきに明るくなる。暗殺者の両肩に足をかけて飛び乗ったさっきの黒い影の正体が、瞬く間に首のうしろの急所をついてそいつを昏倒させる。俺でも惚れ惚れしちまうような、まったくもって完璧な「暗殺」の所作だった。

「居たのか」
「居たよ」

俺のご自慢の二対のナイフは、ついぞ鞘から出ることすらなかった。前のめりに倒れて布団と羽毛の海に溺れた暗殺者の手から槍を取ってぶんぶん振りまわしている男のもとへ、俺は歩み寄って膝をつく。

「ご無事でなによりです、王」
「おう。宿直ごくろう」

まだ子供と青年の間ぐらいを彷徨ってるようにしか見えないサイズのその男こそ、この城のあるじにして、この国の物好きのバカ王だ。こうして月に一、二度ある暗殺の危機を、「ちょっとした日常のスパイス」と称して楽しんでいる、正真正銘の馬鹿である。

「で、こいつどうすんすか」
「二、三時間で目が覚めるだろうから、それまで寝かせといてやればいいんじゃね?かわいそうにすっかりやつれてる。ほらみろこの隈」
「そうじゃねえよ、こいつを今後どうすんだよって言ってんの!」

思考回路が人とは違うね。つい数年前まで生まれてこのかた暗殺者を養成する施設で育った俺ですら、色んな政治的軋轢を考えるっていうのに、こいつときたらこれだ。宰相のおっさんが禿げるのもよく分かる。…そもそも、無言のままに首をかっ斬ろうとした見知らぬ男をこうして近衛なんぞにしている時点で、こいつはただの馬鹿だ。

「送り返してやってもいいがどうせ向こうで死罪だろう。かわいそうだから、今までどおり将校やらせとけばいいんじゃないか」
「…お前って、ほんとバカよな」
「そのバカすら暗殺出来なかった自称すご腕暗殺者さんはどこの誰だったかな」

何度だって繰り返すがあの日の俺は完璧だった。日課のように夜道のひとり歩きなんぞする王に戸惑ったのは確かだが、それはきっと罠だと割り切って、敢えて護衛がわんさかいる記念式典を狙ったのは間違っちゃいなかったと思う。俺はこいつを殺し、そしてそのまま人ごみに紛れて逃げおおせるはずだったのだ。今までどおりしくじる要素なんて一つもないと、俺はそう信じて疑わなかった。

王を讃える群衆の間に紛れこんで近付いて、そしてその背中に手が触れるくらいまで近づいて、ナイフを抜いたその瞬間、俺の身体が宙を浮いた理由は未だにわかっちゃいないんだが。…どう考えても気配は完全に消せていたのに、なんで。ざわめいた群衆のなか背中を強かに打って咄嗟に逃げられなかった俺は、機関で教わったとおりに舌を噛んで自害しようとした。あの日の太陽の眩しさは、いまも俺の目蓋に刻みこまれている。もちろん、俺を覗きこんで勝ち誇った子供のように笑った、この男の笑顔もだ。

「俺のところで働けよ、お前。話し相手が欲しかったんだ」

舌を噛もうとしたらがりっと肉の感触がして、あいつの手を噛んでた俺は自害できなかった。ついにその体に傷をつけたのが歯形だけだったっていうんだから、笑える。

「これでまたあいつに話すことが増えたな」

ぽんぽんと気絶したままの暗殺者の頭を撫でながら、バカ王はそういって俺に笑いかけた。あいつってのはこの王宮にある牢の番人で、しょっちゅう暗殺者が入るから忙しいそいつにこういった暗殺者の話を聞かせてやるのを、バカ王は公務の息抜きで楽しんでいるのだった。

…俺がどんなふうにこのバカ王に忠誠を誓ったのかってのをあいつに聞かれないために、俺はそれについていかなきゃならない。で、こいつは、それをわかっていて俺を連れまわすのを楽しんでいるようだった。

「ついでにあしたは下町のケーキ屋にでも行こう」
「却下。仕事しろ」
「民の安寧を見守るのも王の仕事だ!」

なんて屁理屈こねくりましてるバカ王の大声に気がついたらしい暗殺者が、状況を飲み込めずに目を丸くしたのも無理はない。






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