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布団にごろりと横になって、星空が切り取られた天窓を見る。頭のなかがぐちゃぐちゃで、なんにもわかっちゃいなかった。ただ思い出すのは、昔のこと。渡里とうまくやっていた、ついこの間までのことだった。対して時間は経っていないはずなのに、ひどく遠のいていまったような気がしている。


渡里と俺が出会ったのは、高校入試の日だった。たまに自分から渡里が思い出したようにその話をするから、忘れることなくしっかり覚えている。入試の前に、暇だったから俺は屋上に上がりこんだのだ。まあもちろん入試のときの学校なんかはもちろん受験に使う部屋以外には入らないように看板が置かれてたりするんだけど、総無視をして。俺は、この屋上から星が見えるのかがまず知りたかったのである。そもそもそれほど学業に重きを置く気のなかった俺にとって、学校生活をどうやって俺の趣味と結びつけられるかが問題だったのだ。…そして、そんな俺を偶然に見かけて後をつけてきたのが、渡里だったわけである。渡里も大概へんなやつだ。

桜のつぼみがまだ固い、肌寒さすら残るなか、屋上の床に寝っ転がって空に手を伸ばし、太陽で方向を定める男子中学生。しかも高校受験当日。そうとうに変な姿だったろう。高さは申し分ないけれど光害が問題だな、と俺が考えているなか、控えめな音を立ててさっき閉めたはずの扉が開いたので、俺はものすごくびっくりした。びくりと身体を竦ませて、慌てるあまりうまく立ち上がれなくてばたついて、そんなみっともない姿を晒していた俺の顔に影を落とし覗き込んできたのが、渡里だったわけである。

「…なにしてんの?」

その時の俺の心情を五十文字以内で答えなさい、という問題が出たら、受験生の皆さんはさぞ苦しんだことだろう。…恥ずかしさといたたまれなさとそれでもってこの見知らぬ少年に対する驚きとお前こそなんなんだよと言いたい気持ちに苛まれながら、俺が絞り出せたのは。

「……星、見てた」

という一言だけだったけれど。ちなみに昼間には決して星を見ることは出来ない。これは太陽があまりにも明るいからという歴然とした理由がある。だからこの場合、俺が言うべき言葉はたぶん、「夜間になったらこの空に現れるはずの星座の位置を」見ていた、というものだった。けれどこの、青空に星を透かし見るっていうのは俺にとってはよく馴染んだ習慣で、鮮やかに脳裏に浮かび上がる星々を鑑みれば、俺が星を見ていたっていう言葉は決して間違っていない。

「…」

ぽかん、と表現するのがぴったりな顔をした渡里、まあその時は名前を知らなかったんだけど、は、俺の顔を呆けたように見つめていた。もちろん恥ずかしくなったので俺は起き上がっていたわけだけれど、その代わりに渡里が隣で寝っ転がったのでかなりびっくりした。

「…どれ?」
「……見えるわけないじゃん、今、朝だろ」
「だって今、お前、見えるっていったろ」

ほっぺを膨らませた渡里にちょっと笑ってしまったので、俺はしかたなくもういっかい寝そべって、人差し指でもってだいたいの星座の位置を指し示してやる。この時期は双子座がよく見えるから、カストルとポルックスのだいたいの位置を指先でなぞってやった。

「え、俺、双子座なんだけど。五月生まれ」
「…星座占いの星座は、べつにその時期に夜空で星座が見えるわけじゃないよ。五月生まれなら、ちょうどそのとき、太陽のそばに双子座があったってだけ」

たぶんちんぷんかんぷんなんだろう黙りこんだそいつにちょっと溜飲を下げて、俺はすこしだけ笑った。

「…星、好きなの?」
「まあね」
「俺、渡里恭介。おまえは?」
「紀田昴。よろしく」

すげえなあ、とか、お前は何座なの?とか、渡里が返してくれたのが好意的な反応だったので気を良くした俺は、そういって渡里に笑いかけたわけだった。…まあ、そのあともなんかぽつぽつ話してたらうっかり試験開始に遅れかけたわけだけど。

入学して同じクラスになってから、ちょっとした顔みしりってこともあって、俺と渡里はすぐに仲良くなった。俺は渡里に星の話をしたり、それはその日に見える星座であったりたとえば渡里の知らなかった星座と十二宮の話だったり星に纏わるギリシア神話の話だったりしたのだけれど、すごく楽しかった。

―――なんだか、思い出してとても悲しくなってしまった。
ずっと楽しかったから。その楽しかったって気持ちが、俺だけのものだったんだって思ったら、俺はとても悲しい。渡里が退屈で、楽しくなかったなら、悲しい。申し訳ない、とも思う。俺の記憶に残る渡里の話は、たとえばあの日の出会いのことであったり、一年生のときにやったスキー研修で俺がはでにずっこけて渡里に助けてもらったことであったり、たいていは俺とあいつが共有する思い出とかそういうのばかりで、渡里の趣味やなんかに言及した話の記憶はほとんどない。

俺は、渡里の好きなものを、しらない。

ぶるぶると震える携帯のバイブ音が俺を現実に引き戻す。はっとしてディスプレイを見れば、そこにあったのは、やっぱり渡里のなまえだった。メールだ。ちょっとだけ躊躇ってからそれを開いて、俺はひどく後悔をする。

「お前の話、すごく楽しかったよ」

いつもどおり絵文字も顔文字もないシンプルな渡里のメールに書かれていたのは、それだけだった。じっと星よりずっと無機質で目にささる光を放つ画面を見つめていたら、なんだかじわりと涙が滲む。拳でそれを拭った。

俺も、お前が話を聞いてくれて、すごく楽しかったよ。

メールには書けない気持ちをそっと吐き出して、掛かってきた電話を切るついでに携帯の電源ボタンを長押しして部屋の隅に放り投げる。ほんとうに、楽しかった。きらきらした記憶は、でも、星とおんなじように、手を伸ばしたって掴めやしないんだ。









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