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「で、黙って仕掛けられておしまいってわけじゃねえよな?」
「…」
「さっさと寄越せ、静馬。じきに日も暮れる。無駄に夜の朱雀大路を歩いて百鬼夜行と出くわしたかねえだろう?」

すでに力の解放を終えたあとの昂揚も治まった葛葉は、そういうと目を細めて静馬のほうに向きなおる。九尾も狐の耳もひとのそれに戻っていた。葛葉があやかしだと気付くのは、よほど熟練した陰陽師かまだ霊界とこちらの区別がついていないいつつむっつの子供くらいだろう。

「…今度こそ、僕がこの手でなんとかしようと思っていたのに」
「まずは紙式の一つでも作れるようになってから言え。俺にいちいち面倒をかけさせるな」
「でも」
「いいんだよ、お前はそれで。俺がいるだろうが」

しゅんと俯いてしまった静馬の顎を掴みあげ、葛葉はその、まだ幼さの抜けきらない双眸に目を合わせた。かれの霊力の持つ芳醇さは、葛葉ですら時折惑わされそうになるほど馨しいものである。それが現世にどうにも出てこないというのは、独り占めできる葛葉としてはあまり悪いことではないのだったが、静馬にとっては違うらしい。静馬はいつも、こうしてふがいない自分をひどく内省するのがくせだった。

今回のように、静馬が依頼をこなすためには葛葉の協力が必要不可欠だ。普段からひとの姿を取るというそこらのあやかしには真似のできないようなことは、葛葉には容易い。

「…」

ため息をついた静馬が、そっとその手を葛葉の頬に延べた。指先でぺたり、とそこに触れる。刹那、肌が引き攣るほどの霊力が葛葉を襲った。これだけの接触で、芳醇な霊力が全身に満ちるのが分かる。これがもしまっとうな陰陽術として現世に具現すれば、静馬は間違いなく当世一、今清明と呼ばれるほどの陰陽師になるだろう、と、葛葉は分かっていたがかれに言ってやったことはない。そうなれば葛葉がこの霊力を得る機会が減るからだ。唇を歪め笑んで、葛葉は満足げに咽喉を鳴らした。

「ごちそうさん」
「…ちょっと僕の霊力、掴んで引っ張ってみてくれないか」
「出来るかよそんなこと。…ほら、いいぜ」

かれは金色の目を細め、静馬に視線を合わせた。複雑そうな顔をしながらも、その唇が震えるのが分かる。そして魂に刻まれた契約は、言霊となって葛葉を縛るのだ。

「―――契約の名のもとに命ず。葛葉、僕の敵を討ち倒せ」
「御意!」

まったく御意だなんて感じていないことは丸わかりの手つきでもって、葛葉が静馬の腹を掬って肩に担ぎあげた。その足が地面を蹴ると、霊力がまるで階段のように道を作る。何も無い中天を駆け抜けながら、葛葉は呵々と笑った。

「で、今日は誰の依頼だよ」
「数馬兄様だ。帝の平癒の御祈祷が始まっているからな、手が足りないらしい」
「…どうりで」

こんな雑魚相手の依頼だよな、と口には出さず呑み込んで、葛葉はちょっと眉を寄せる。静馬が口にしたのはかれの兄の名だった。清明以来の大陰陽師として若くして陰陽寮に君臨している青年だが、葛葉はその男が嫌いである。良い年をしていつまでたっても弟離れしない、力を尽くして静馬から葛葉を引き剥がそうとしている陰陽師だった。

「…ほんとうは、僕だって、祈祷に参加したいって言いたかったさ」

落ちないように葛葉の首に腕を回し、静馬は小さくため息をついた。それはかれなりに精いっぱいの、内裏で行われている儀式に参加出来なかったことへの嘆きだったのだけれど。そんな静馬の言葉でさえ、幾千を生きた九尾の狐にとっては一笑に付されるものであったらしい。

「馬鹿じゃねえの。あの妖怪みたいな爺に呪詛をかけるなんざ、とんでもねえ凄腕に決まってんじゃねえか。お前なんて、一発で丸のみだ」
「…」

九尾の言葉は事実で、事実だからこそますます静馬は落ち込んだ。やさしい兄は気づかわしげに、済まないが手が足りていない、大事な役目だからと今回の一件を静馬に押しつけたのだが、いかに静馬が落ちこぼれた陰陽師でも相手が雑魚でしかないことくらいはわかる。しかしもうすこしひとを気遣うということを覚えてくれないかな、と、静馬は自らの守護をちらりとみた。

「あそこか」

けれど静馬を小脇に抱えた大妖は、静馬になどちっとも気をかけないまま羅城門にほど近いみすぼらしい民家に狙いを定めたらしかった。足元に展開していた呪力の階段を一気に打ち消し、凄まじい速さで落下をする。思わず引き攣った悲鳴を上げた静馬に構わず、その両足で肋屋の屋根を踏み割った。めしゃりと嫌な音がして、けれどどんな呪式を使ったものか屋根の欠片によって身体に傷を付けることもなく、葛葉は無事にその術者のねぐららしき場所に侵入を果たしたらしい。

「…お?」

あまりの豪放磊落なやり方に言葉を失ってしまった静馬を地面に降ろし、葛葉は再び具現した九尾の尾をふさふさと揺らしながらそのがらんとした狭い部屋を見まわした。確かにあの下等な式神たちはここから発せられたもののはずなのに、人間の気配がなかったせいである。

「静馬」
「…な、なに」

そしてその気高い金の瞳が部屋の隅にあるものを認めた刹那、かれの瞳は剣呑に細められた。ざわりとかれの身にまとう気配が変わったことに気付いた静馬は、身体を竦ませてその背中に縋りつく。視界を覆うように伸ばされた葛葉の腕は、不安を宥めてはくれなかったけれど。






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