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3


どうしよう。どうしたらいいんだろう。べつに、と乾いた笑いをこぼしてやり過ごすことができるだろうか。こんなに真剣な渡里の声を前に、しらを切り通すことができるだろうか。

「あの。…言って、ほしいんだけど」

こころなしか語尾が震えている気がする。こんな引きこもり天体オタの俺にこんなに優しくしてくれるなんて、渡里はなんていいやつなんだろう。俺はお前の趣味すら知らないんだぞ。申し訳なさ過ぎて俺の声まで震えてしまいそうだ。

「…さいきん、星の写真がよく撮れる季節だからさ。学校行くより、こっちのが楽しいし」
「…じゃあ、なんでメールも電話も無視したんだよ」

うう、そう来たか。だってお前と話したら、なんか学校にいかなきゃいけない気になるから。こんなふうな息の詰まる空間で、今まで通り笑える気がしなかったから、俺は学校へ行くのをやめたんだ。でもそんなこと言えるわけがない。

「…渡里に、怒られるかなと思って」

俺がいうのもなんだけど、お前、俺とつるむよりクラスのみんなと遊んでたほうがいいぞ。絶対。こころでは言いたいことは固まってるくせに口から出たのはまるでちがうひとことだった。まるで俺の深層心理が、渡里との関係性が途切れてしまうのを恐れてるようだ。きっと渡里はそんなことないっていってくれる。 けど俺が求めてるのはそんなのじゃなかった、ほんとはまだ、渡里が星の話を聞いて笑ってくれるのを求めてた。俺は楽しかったから。渡里が俺の話を楽しそうに聞いてくれたことが、すごくすごく嬉しかったから。

「なんだよ、それ」
「学校来いよって。きっと、渡里に言われたらうんって言っちゃうし」
「お前が来たくないなら、言わないよ、そんなこと」

…しってるよ。渡里はそういうやつだって、しってる。もどかしさに息が詰まりそうだった。 優しいなあ、だから甘えてしまうんだけど。

「…正直なところ、学校に行くよりも、親父の知り合いとかに写真のこととか星のこと教えてもらう方が、たのしい」

これは半分ほんとで、半分うそだ。俺はまだたくさん話の出来る友達を、頭の中で何より求めてる。けどそんなこと渡里の前では言えなかった。一方的なだけの関係なんて、そんなの友達とはいわない。渡里が優しくていいやつだからこそ、そんなのはごめんだった。

「…でも」
「……ほら。同年代だとどうしても、話し合わないだろ?」

ついに渡里が振り返った。俺はうまく笑えただろうか。渡里はちょっと目を瞠って、ひそやかに俺を見つめている。なんだかひどく傷付いたような目をしていた。

「…昴」

どこか縋るような声で、渡里が俺を呼ぶ。

なあ、俺がもしお前の好きなものの話を聞いたらさ、お前も俺の話我慢して聞いてくれるかな。それでおあいこだって、そう思ってくれるかな。不意に思いついたそのアイディアは、ずいぶんと名案であるように俺には思われた。だから、言葉を失って黙り込んだ渡里に俺はそっと提案をしてみる。

サッカー選手の名前を覚えるのは星座の星を覚えるのとそうかわらないはずだ。それで渡里が俺と対等の友達になってくれるなら、それが一番いい。たぶん。

「なあ、渡里はなにが好きなんだ?」

勇気を出して、言ってみた。そんなことすら知らない俺に、渡里は落胆しないだろうか。失望させて、しまわないだろうか。そんなことを思いながらも、渡里と本当の友達になりたかったから。

「……」

なのにそこにはながいながい、沈黙があった。俺はひどく動揺する。…なんだよ、なんでなんにも言わないの。俺には教えられないんだろうか。共有させては、くれないんだろうか。俺は渡里に無理やりに俺の好きなものを押し付けていたくせに。 やっぱり俺は、渡里の友達じゃないんだろうか。

「…、なんで、そんなこと聞くんだよ」

聞いたこともないような低い声で渡里が唸る。びっくりして目を瞠るのは俺の番だった。渡里は黙り込んだ俺のほうをじっと見てる。どうすればいいのかわからないくらいパニックになって、俺は言葉を失って硬直したままだ。こんなふうな渡里を見るのは初めてだ。

「…昴、」

渡里がなにかを言いかける。これ以上追撃されたら心がボキッと折れるのは明白だったから、俺はとっさに声を張り上げた。もうこれが言っていいことなのかだめなのかもわかんないけど、でもとにかくこんな渡里の声は聞きたくなかった。

「だって、…だって、いっつも俺ばっかり喋ってるだろ!つまんないのに、興味ないのにずっと!」
「…、違う、そんなことない!」

…やってしまった。俺は小学生のガキか。わかり切った嘘を聞くために、渡里にこんな顔をさせるために話をしたかったんじゃない。俺はただ、渡里と対等になりたかっただけなのに。もうどうしようもなくなって、俺はひどいことを言っている、最低のやつだって思いながら渡里にくってかかった。

「じゃあなに、お前は星のこと知ってんの。好きなのかよ。俺が話すことわかってて、わかってて笑ってくれてんのかよ」

それはおまえが、ひとりで勝手に喋ってるだけだろう。自分の好きなものをひたすらに語って相手がわけわかんないなんてちっとも思わずに相手の話を一つも聞かずに、ただ勝手に友達だと、親友だと思ってただけだ。渡里は俺に、好きなものすら教えてくれないってのに。自分をそうやって叱るのに、俺は顔を強張らせてじっと渡里をねめつけることしか出来なかった。

…こうやってひどいことをいって、自分から渡里に嫌われた方が、楽なのかも。退屈で自己中なやつって思われたほうが、ずっと。

「すばる」

震えた声で俺の名を紡ぐ渡里が、痛い。あんなに大好きな星なのに、いまはそれすらも憎かった。

「…俺ばっかりだ。なのに、お前は何にも話してくれなくて」

自分で自分が情けなくて泣きそうだった。息が止まりそうになる。ほんとは渡里が友達みたいに接してくれてすごく嬉しかったのに。ほんとは謝んなきゃならなかったのに。

「そんなの、友達じゃない!」

自己嫌悪の最たるものを吐き出して、俺はそばにあった渡里のコートを引っつかんで投げつけた。帰れよ、と声を荒げる。死んでしまいたいくらいひどいことを吐き出しながら引っ込みもつかなくて、俺は自分が泣いてることにも気付かないで癇癪を爆発させていた。最低だ。人として最悪だ。渡里はあんなに優しかったのに。こんな俺にも、やさしくしてくれたのに。

「すばる、昴、待って」

渡里の手が俺の腕を掴む。この期に及んで友達でいてくれようとする渡里の手のひらは燃えるように熱かった。苦しくてそれを振り払い、俺は渡里をむりやりに追い出そうとする。俺を取り囲む星々の写真が、信じられないくらい味気なく見えた。

今が何時かなんてわかってんのに。外が寒くて暗いことだって知ってんのに、俺は渡里を追い返した。 ぼろぼろ泣きながら部屋に戻って、父さんのポスターをみてまた泣いた。









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