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Beyond Good and Evil 9





「ノア!来るな!!」

レオンの絶叫が響く。俺は思わず足を止めて、呆けてそれを見上げた。レオンがたったいま足の一本を斬り飛ばしたのは、見上げてしまうくらいの大きさの蜘蛛だ。これがこの森の主、先ほど森を震撼させた咆哮の主。たったひとりでそれを対峙しているのは、やはりというべきかレオンだった。

辿りついたのはおそらく出口にほど近い、大きく開けた場所だった。また鬱蒼と木々に天を覆われているから今どのくらいの時刻なのかは定かではない。けれど薄暗い中に発光する蜘蛛がいるせいで、視界だけは明瞭だ。

「レオン!」

駆け出す。制止の声などに構っていられる状況じゃなかった。いくらレオンでも、さすがにこんなのにひとりで立ち向かったら無傷じゃいられないだろう。運がいいことに蜘蛛は俺に背中を向けてレオンに襲いかかっていたので、俺は渾身の力で剣をそいつのたくさんある後ろ脚のうちのひとつに叩きつけた。緑色の粘液が飛ぶ。きもちわるい。それが触れた地面がしゅうしゅうと音を立てて焦げたので、どうやらそこに毒があるらしいと知れた。

毒を持つモンスターっていうのは厄介だ。体液を浴びると猛毒に冒され、みるみるうちに生命力を吸い取られてしまう。毒消しはあったっけ、ああ持ってるのはレオンだった、と思いながら、俺はもがく足から飛び散る体液を必死に避けた。

「来るな!違うところから森を抜けろ、俺もすぐに続く!」
「馬鹿か!死ぬぞ!」

大蜘蛛を挟んで怒鳴りあう。何度も剣を蜘蛛の足に叩きつけていたら、うっとおしそうに反対側の足が俺の脇腹を攫って上に弾き飛ばした。避ける間もなく叩きこまれたその一撃に、一瞬息が出来なくなる。高いとばかり思っていた木々と驚くほど肉迫した。ノア、と俺の名を叫ぶレオンの絶叫が響く。なんてカッコ悪いんだろう、と思いながら、俺はとっさに剣を強く握り直した。身体を捻って体勢を整える。

いつまでもレオンの背に隠れているのは、その足手まといでいるのは、いやだ。怪我をするとか死ぬだとかそういうことは全く考えなかった。ただそれだけを考えて、かといって魔導を展開するには場所も時間もなかったから、俺は間近な天井の木の枝たちを、思いっきり蹴り飛ばした。落下の加速度とそれが合わさって、俺はすごいスピードで地面に落ちていく。レオンの絶叫。俺は唇を噛んで、そのまま蜘蛛の背中に剣を突き立てた。さきほど森に響き渡ったのと同じくらいの叫び声が蜘蛛の口から洩れる。不協和音。

飛び散った緑の液体が容赦なく俺の肌を焼くけれど、そんなのに構っていられない。俺は夢中になって跳び下りた蜘蛛の背中を剣で突き刺した。背中にびっしりと生えたヒカリゴケに足が滑る。毒を浴びたらしい頭がもうろうとする。先ほどのダメージと合わせても、俺の状況はよろしくない。

せめて少しでもレオンの手助けにならなければ、と思って必死に背中を刺していると、そばに急所ですというふうな赤い核のような場所があることがわかった。そこに走っていって、俺は渾身の力でそこを叩き切る。すると蜘蛛が思いっきり暴れたので、俺の身体はもう一度宙を舞った。こんどは体勢を直す時間すらない、背中から地面に叩きつけられて視界が一瞬暗転する。ちかちかと光が舞うなかで、レオンの剣の一閃が蜘蛛の瞳を貫くのだけがはっきりと見えた。

切ないくらいの絶叫が響き渡る。ゆっくりと蜘蛛の光芒がなくなるのがわかった。どうやら無事に倒せたらしい、と思うのと、レオンが俺の名を叫んで駆け寄ってくるのはほとんど同時だった。毒を浴びた身体が重い。

「ノア、ノア!」

怒鳴られると思ったのにレオンはそう俺の名前を狂ったように叫んで俺を抱え起こすだけ。叱ってくれればいいのに、思いっきり怒ってくれれば、そうしたら俺は、足手まといじゃなかっただろ、ってそうやって笑えたのに。レオンが泣きそうな顔をしているから、どうしようも出来なくなる。

「口開け、聞こえてるか!」
「…」

聞こえているけれど身体が動かない。痛みすらも感じないのはある意味こうふくだったかもしれない。あの蜘蛛の毒はどうやら神経を麻痺させるそれらしく、俺は返事は愚か瞬きをすることも出来なくなっていた。レオンが懐から取り出した毒々しい色をした薬草を俺の口に押し込もうとするけれど、それを嚥下することすらできない。

「っ、この馬鹿…!」

ようやっと、いつもみたいにそう低く怒鳴ったレオンに俺のこころは安堵をした。ほら、俺だって戦えただろう、と言いたいのに、けれど身体は硬直をしたままで。毒消し草を口に含んだレオンがそれをかるく噛み、俺の顎を掴むのが見えた。近くなるかれの顔に、俺はかれがなにをするのかを朦朧とした頭で理解する。

こんなときなのに自覚しかけていたかれへの恋情で胸が高鳴るけれど、俺の心臓がきちんと跳ねあがるほど鼓動しているかはわからなかった。重なった唇が俺の咽喉に無理やり薬草を押し込み、それから水を口移しで流し込む。ごくん、と音を立てて俺の咽喉がそれを嚥下したのを確認して、レオンはゆっくりと長く息を吐いた。














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