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信じられないような出来事が立て続けに起こったせいで、俺はまだこれが現実なのか、実のところあんまり信じきれていない。ずっとずっと好きだった幼馴染が、腕のなかでぼんやりテレビを眺めている。その唇が俺のことを好きだといって、俺にキスをする。たしかに現実なはずなのに、俺はまだどこかでふわふわした気持ちを抱えていた。

今だって忍が唐突に好きだ、なんて言うもんだから、耳まで赤くなるのが自分でも手に取るようにわかった。そんな俺を見て満足そうに笑った忍は再び視線をテレビに戻している。でもほんの少しだけ、その首が赤かった。なんとか動揺を押し隠して、俺はまだばくばくと煩い自分の心臓を叱りつける。…いくらなんでも耐性がなさすぎるぞ、俺。

「りゅうたろ、あーん」

もうとっくに通常モードに移った忍が、べしべし俺の膝を叩いて口を開いた。俺はちょっとだけ呆れて手元にあったクラッカーをその口に放りこむ。自覚がないのは、かなり厄介だ。もう慣れてるけどさ。忍の甘えたは相変わらず健在で、ホントならこれまで俺はこういう度に胸の奥から湧き上がる感情をいちいち噛み砕かなきゃいけなかったんだが、その必要がないってことに、未だ慣れ切れないでいる。

忍は、俺がびっくりするくらい、なんにも変わらなかった。俺たちの間にあった関係は、幼馴染で親友っていう関係は、俺がこいつに好きだ愛してると言ったところで消えてなくなってしまいはしなかった。忍が、そういうふうに振る舞うからだ。ただしそのかわりに、その上に恋人っていう類の関係がさらに構築されただけで、いつも通りの顔で声で態度で、俺に抱きついて、好きだ、という。今までどおり、けれどちょっとだけいつもよりも俺にくっついて、安心したように笑っている。

俺は、それでよかった。忍が俺になんの警戒感も不安もなしに寄りかかってくることは、この上なく俺を安心させる。キスをして触れて抱きしめて、それでも忍は忍のまんま、俺の大好きなこいつのままだったから。

でもちょっとくらい焼き餅とかいうものを焼いてもらいたいって思うのは男の性だと思う。けれどそれも、さっきあっけらかんといったように、俺と俳優としての俺、高木龍一郎を完全に別物として考えてるらしい忍に納得させられてしまった。…俺が俺に妬くのは、ある意味で正しかったわけではあるが。

「忍」

俺の膝を完全にソファの肘かけ扱いしている忍は、俺が出ていたドラマの最終回のあともぼんやりとテレビを眺めたままだ。思えばあのドラマが始まった最初、俺はこの背中を抱きしめて、冗談めかして「しあわせにする、愛してるよ」とそういってやったっけ。もうなんの言い訳もなしに忍をぎゅっと抱きしめられるってことにいまさらながらすこし驚いて、俺はそっと忍の顔を窺った。相変わらず俺には興味を示さずに、テレビに夢中の横顔。お笑い芸人が変なことを言う度に、ぷぷっと笑いながら俺の膝をばんばんと叩いている。…なんていうか、もう、なんだろう。そんなんでさえしあわせなもんだから、俺は相当だ。

「呼んだ?」
「呼んでない」
「うそ」

好きだ、とか、愛してる、とか、そう何度も言えるほど、俺は器用じゃない。だからその代わりにそんな気持ちを込めてぼろぼろ名前を呼んでしまうたび、こうやって忍がくすぐったく笑うから、俺はどうしようもなくなるわけだった。ぜんぜん変わらないまんま、やっぱり忍は俺を受け入れてくれる。分かっていたから、忍を変えてしまうかもしれなくて怖くて言いだせなかった言葉を繰り返しても、忍はいつも通りだった。俺の苦い杞憂はけれど、今となっては大切な時間だったかもしれない。

「なあなあ、お前さ、次もドラマ出るの?」
「…なんで?」
「また忙しくなるのかなーと思ってさ」

ぱたぱたと俺の手首をオモチャにしながら、忍が俺を見上げた。相変わらず見慣れた忍の顔は、ちょっとだけあわあわとほころんでいる。さっきドラマで散々泣いたせいか、まだ目尻が赤かった。思わずむらっとくるけどとりあえず押さえておく。十年以上待ったんだ、今更待つのになんて慣れている。

俺は基本的に俳優なので、ドラマが無ければ番宣もなくあんまり忙しくはならない。けどまあ今回ので評判が良ければ、次の次あたりのドラマでまた仕事が舞い込んでくるだろう。こうしてようやく忍と思いが通じたんだからしばらく忙しいのはごめんだったが、かといって仕事を断るわけにもいかない。芸能界は、事務所関係とか色々面倒くさいのだ。

「次のクールは入ってない。その次はまだ分かんね」
「じゃあ、しばらく暇?」
「まあ、いつもよりはな」
「そっかー」

ちょっと嬉しそうに弾んだ声に、忍も俺と同じことを考えていたのかなと思うと嬉しくなる。我ながら単純だ、と思いながら、けれど緩む頬はどうしようもなかった。むにっと忍の頬を摘まみ、鼻さきが擦れそうなくらいまで顔を近づける。もうなんにも自分を偽らないで気持ちを口にしてしまえるのだと思うと、言いたいことがあり過ぎて、何にも言葉にならなかった。きょとんとした顔で黙りこんだ俺を見上げる忍に、結局何にも言えないで、かわりにぎゅっと強く抱きしめた。忍は喉の奥でちいさく笑って、俺の背中に腕を回してくれる。

忍は、俺の死ぬほど好きなやつは、抱きしめただけで壊れてしまうような、想いを伝えたら何かが変質してしまうような、そんな壊れやすい砂糖菓子なんかじゃなかった。いつだって変わらなくて、その代わり俺の胸を穏やかに満たす、やっぱり凄く大事な存在。そんな相手がこうして腕の中に居て、好きだって思っていい、沸き上がる気持ちを押さえこまなくていいってことは、とても幸福なことだと思う。

そんなふうにぐるぐる考えていたら、ぽろぽろ口から言葉が溢れてくる。それを笑いながら受け取ってくれる忍を見て、また、ああ俺はこいつのことが好きだなあ、としみじみ思い知らされたわけだった。







砂糖菓子の王冠・終








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