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「…あっ」

ぶつん、と音を立てて龍太郎んちのデカいテレビの画面が消えた。いいところだったのに。犯人なんてひとりしかいないから、俺は台所からチューハイとツマミを持って戻ってきた龍太郎をじめっと見上げる。龍太郎はそのイケメンな顔を仏頂面にして、それから俺の隣にどかりと座った。

「なんで消すんだよ」
「知るか。分かれ」
「分かるか!」

高木龍一郎が三角関係の一端を担う連続ドラマの最終回。俺が今見入ってたのはそれだった。主人公とヒロインの結婚式に高木龍一郎扮する元恋人が行って、きれいに笑いながら花嫁に花束を渡す。そんな感動的な場面だったのに。そして高木龍一郎は相変わらずイケメンだった。

「しかしウェディングドレスのマユミちゃん天使だな!ちょうかわいい!」
「…」

龍太郎が握ったままだったリモコンを奪い返してもう一回電源をつける。場面は結婚式のところに移ってしまっていた。ちょっと不服げな顔をして俺の背中を抱き寄せた龍太郎が、お前ってやつはほんとうにさ、となにやら文句を垂れているけど気にしないことにする。

龍太郎が実は長年俺に片想いしてたっていうトンデモ告白から一カ月とちょっとくらいたった。俗にいうお付き合いをすることになったんだがそもそも俺と龍太郎はお互い何でも知ってるような仲なわけで(まあ俺は龍太郎が俺のこと愛しちゃってるなんて知らなかったけど)、関係がなにか変わるってわけでもない。相変わらずだ。そんでもってどうやら、龍太郎はそれを意外に思っているらしい。

明確に関係が変化したわけじゃないけど、まあもちろん意識の上で違いはある。こうやって俺に触れる龍太郎の手が前とはちょっと違う。どこか温度のある、触れるってより確かめるみたいな手付きだ。俺の腹にしっかりと腕を回し肩の上に顎を乗せ、龍太郎は不服そうにドラマを見ている。もちろんリモコンは死守済みだ。高木龍一郎が出てることを別にしても、かわいいマユミちゃんが出てるので、俺はこのドラマが好きだった。

「しあわせにする、愛してるよ」

いつか高木龍一郎が言った台詞を口にしたのは、笑顔がさわやかな新郎の青年だった。浮気に苦しんだマユミちゃんを健気に支え続けたお人よしの青年である。もうこいつにならマユミちゃんを任せてもいいねっていうような、そんないい奴だ。純白のウェディングドレスを纏ったマユミちゃんの目尻を一筋の涙が伝い、そして鐘が鳴る教会で誓いのキス。思わず貰い泣きしてしまいそうになった。

「…面白かった…!」

と俺が言うと同時に流れ出したエンディングの曲は三角関係の切なさを歌っている曲だ。それをバックに、夜の海、俺が見た二回目くらいの放送でマユミちゃんと高木龍一郎がキスをしていたのと同じシチュエーションの光景が流れた。まだ終わってないのか、と思って俺が画面に見入ると、やっぱり龍太郎が拗ねて俺の口にツマミのひとくちチーズを突っ込んでくるので困りものである。ちょっと笑ってしまった。

「…忍」
「んー」

凭れかかった龍太郎の胸をソファ代わりにして、俺はそばにあったティッシュ箱をたぐり寄せてちーんと鼻をかんだ。夜の海に、ひとりで高木龍一郎が歩いてきたからである。…そう、この物語が進むうち、かれは気付いてしまったのだ。ほんとうに好きだったのは、愛していたのは、マユミちゃんだったってことに。けれどもうマユミちゃんはあの笑顔がさわやかな好青年と結婚することに決まっちゃってたわけで、その気持ちをこいつはごくんと飲み下したわけである。まったく人気が出そうな役回りだ。個人的にこれ以上高木龍一郎の人気が出るとちょっと困るんだけどね。せっかくその、なんだ。恋人になったわけだし。

「…ああもう、お前ほんと馬鹿」
「俺じゃねえって。役だから」

劇中ではいつの間にか外していたマユミちゃんとこいつの指輪、キラキラ輝くそれ、が、夜の海にひとりで佇むその指にあった。こいつちゃんと大事に持ってたもんな、この指輪。高木龍一郎はそっとそれにキスをして、それからそれを思いっきり振りかぶって夜の海に投げる。それから口元だけ苦しげに歪めて、しあわせになれよ、と呟いて歩き去っていった。最初並んでいた足跡はひとつきり。くそ、泣かせる演出である。

「あのさ、ちょっとは妬くとか、そういうのねえの」
「ん、なに?」

エンディングが終わってちょっとせつなそうにマユミちゃんがあの指輪を机の奥の奥にしまい、夫となった人のほうへ駆けていくところでドラマは終わった。ぐずぐず泣いていたら龍太郎が見かねてタオルを差し出してくれたんだが、拗ねた声で言われたので、思わずちょっと泣き笑いをしてしまう。かわいい。

「だってこれ高木龍一郎じゃん」
「…、いや、そうだけど」
「お前は龍太郎だろ」
「……、そうだな」

なんか納得がいったのかわかんないけど、とりあえず龍太郎が黙ったので良しとする。しかしいいドラマだった。ちょっとせつなかったけどな。俺は純粋に高木龍一郎のファンである。だってすげーもん。かっこいいし。中の人が俺のこと大好きだとか考えると恥ずかしすぎてまともにテレビを見れなくなるので、俺は完全にそこらへんの思考を放り投げていた。

「忍」

すっかり赤くなってしまっただろう目尻を龍太郎の指が撫でた。名前を呼ぶ龍太郎の声が、いつもより僅かに低く掠れている。びくっと身体を竦ませると、喉の奥で龍太郎が笑った。くそ、イケメンめ。思いながら瞬きをして龍太郎を見上げると、がぷっと鼻の頭を噛まれた。赤くなってる、と潜めた声で龍太郎が呟く。

「かかか、噛むなよ!」
「痛かった?」
「ぜんぜん!」

今度はえろくない笑い方を龍太郎がする。からかわれてるみたいでなんとなくムカついたのでそのほっぺを思いっきり引っ張ってやった。変な顔。…最近高木龍一郎がなんか前と違うふうに見える、ってのは、ファンの間ではけっこう広がってる噂みたいだった。たしかにトーク番組とかで、こいつはよく笑うようになった、と思う。しあわせ脳め。なんとなく原因が分かるから、いつも背中がむずがゆい。龍太郎が俺にいったとおり、こいつは、俺が思ってたよりずっと俺のことが好きみたいだった。…俺だって、こいつのこと、すごい好きだけど。だってそもそも、友愛とか恋愛とか、幼馴染とか友達とかそういう枠組みを越えて俺は龍太郎の事が大好きだったんだから。家族愛に近い感情が愛情にシフトするのは、そんなに難しいことじゃない。なんて考えていたら、ぷくぷくとむずがゆい気持ちが胸に浮かんできた。

「りゅうたろ」

胸に止めておくのもなんだから好きだぞって星マークがつくようなノリでいってやったのに、龍太郎が真っ赤になって俺をぎゅうって抱きしめたもんだから、俺まで照れてしまったのはしょうがないと思う。








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