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晩餐会の席に招かれて、洸はすこし驚いていた。招かれた探偵の数はざっと見積もって十は下らない。男だけでなく女の姿もちらほらと見られるし、単身も居れば助手を伴ったものもいる。そしてそれらとこの豪勢な館の主人たちが座ることのできる大きな机が、広いホールに広げられていた。半歩後ろをついてくる郁人にすげえな、なんて耳打ちをしながら、洸は手持無沙汰に壁際に寄る。この館の主人、つまり郁人の依頼人らしき老人の姿はまだなかった。

「父はまだ部屋にいるようですね。お客様を待たせておくのも申し訳ありません、ご着席願いなさい」
「はい、ミシェルさま」

この館に着いたときに自分たちを招き入れてくれた執事が指示を受けている。指示を出しているのは金の髪をわざとらしくないほどに整えた、溌剌そうな緑の目をした青年だった。自分たちど同年代か少し若いくらいだろうと洸は予想を立てる。悪戯っぽく目を輝かせた郁人が、洸の耳にこそこそと囁いたところによると、かれがどうやらこの館をはじめとする遺産を一手に相続する予定である後妻の子であるらしい。名はミシェル、と言うようだ。

「座っちまっていいのか?」
「そうだな。お言葉に甘えるとしよう」

軽く頷いた郁人のためにいつも通り席を引いてやろうとして、洸はかるく郁人に蹴っ飛ばされた。見えないところでアキレス腱のあたりをやられて蹲りそうになった洸に、郁人が鋭く耳打ちする。

「お前が上座だ、洸」
「…あー、そうだったな」

全くもって慣れない。郁人よりも暖炉に近い席に座ることなど初めてで居心地が悪く、もぞもぞと身体を動かしていたら郁人にちょっと笑われた。じきにがやがやと他の探偵たちも席につき始めている。すると不思議なことに、やはり上座に座る洸を皆が探偵だと意識するらしかった。まあそれにはいつもはきらきらと好奇心に溢れた目で周囲を見回している郁人が殊勝に洸の話に頷いているだけ、ということもあったのだけれど。

「はじめまして。わたしはジェイキンスと申します、貴方も暗号を解くために?」
「…洸です。ま、そんなとこ」

隣に座った男に握手を求められて盛大に困った洸に、となりの郁人が喉の奥で笑ったのが分かった。釈然としない気分になりながら、洸はこの恰幅の良い、いかにもパイプをくわえて茶色のコートを纏うのが似合いそうな探偵に話を合わせるのにひどく苦労する。助手は連れていないというかれに言葉少なく郁人を紹介すると、にやにや笑いを引っ込めた郁人が洸のかわりに喋り出してくれたので大変助かった。

「へえ、あの街から!アリアからはだいぶ離れた町ですね」
「ああ、大きな火魔石鉱があるんでな。人口が多いから、探偵も食いっぱぐれはしないのさ」

おそらくは郁人にとって必要な情報を集めるためにかわされている会話を話半分で聞きながら、じょじょに探偵同士の情報交換会となり果てている晩餐会を見て洸は嘆息をする。料理もまだ出来ていないのでもう少しお待ちを、と大変申し訳なさそうにミシェル青年が先ほど言いに来たのだが、あまり探偵たちの耳には入っていないようだった。

すでに先ほど座っていた席など関係なしにホールのなかに散らばっている探偵たちの会話を漏れ聞いていると、それぞれ目的が違うことが少し洸にも分かってくる。――これがただの暗号を解くために集められた人員ではないと見抜いて怪しんでいるもの。大きな依頼を前に胸を躍らせているもの。軽い気持ちでやってきているもの。そんななか、ひいき目なしにぱっと眼を惹く容姿をしている郁人は持ち前の身軽さでその間を縫うようにして話を聞いて回っている。あそこに座っている探偵の助手です、とひどく楽しそうに郁人が挨拶をしているのが、どうにも擽ったくてしょうがなかった。

「…目的は何だよ」
「探偵のなかにスパイがいないのか確かめてきた。おそらくゼロだな。この家の踏み込んだ事情を知っているものはいなさそうだ。あとはおれが助手でお前が探偵だと知らしめておいただけ」

洸が二杯目のコーヒーを呑みほしたころ、郁人が隣の席に戻ってきてこそこそと洸に囁いた。集めてきた情報を探偵に報告する優秀でいたいけな助手、と自分で郁人が言っていたのに思わず笑ってしまう。そしてもうこの館の人間関係の地図を脳内に作り上げたらしい郁人は、それから頼れる騎士閣下の耳に囁いたのだった。

「残念ながら、おそらくは犯人になるであろうミシェル氏の兄たちには会えなかったよ。どうやら三人もいるらしいな」
「血が繋がってない兄弟だったな。ほんとうに殺人事件が起こるってんなら、準備でもしてんじゃねえの」

その言葉は半ば冗談交じりだったのだが、郁人はそれに対してひとつため息を漏らすだけだった。紅茶のカップを手に取り、それをひと口飲んでから、ゆっくりと顔を上げて洸に視線を合わせる。そしてそのやわらかい唇が吐き出したのは、

「おれの失策だよ。おそらくこの晩、事態が動く。――残念だがもう手遅れだろうな」

…という、思わず洸がコーヒーを噴き出しそうになるようなひとことだった。









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