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こんなあたたかく穏やかな午後にはよく、シルヴァは、ずっと遠かった家族というものについて考える。長くひとりでこの大きな家に暮らしていたけれど、今こうしてそばにスグリが居ると、どうにもあれほど感じた孤独は遠いのだ。静寂に包まれていない冬は、そばに繋がるてのひらがある夜は、今までとは比べ物にならないほどあたたかい。

「スグリ、そろそろ昼にするか」
「うん」

いつもどおり花が咲くように笑ったスグリが、ごそごそとシルヴァの腕のなかから抜け出して頷く。軽い足音を立てて台所に走っていったスグリの背中を目で追って、シルヴァは外を見た。冬の気配が降り積もり薄らと白に染まった山を見て、それから暖かに火の灯った家を見回す。やはり例年と同じくこのムラの冬はひどく厳しいはずなのに、シルヴァはそれを少しも感じない。

「シルヴァ、何にする?」

つたない言葉と発音だけれど、スグリはこうしてなんとかシルヴァと会話をしようと一生懸命だった。そんなかれをいじらしく思いながら、シルヴァは顔だけこちらに覗かせているスグリに歩み寄ってその身体を捕まえる。

「俺が作る」

出来るだけゆっくりと言ったつもりだけれど、スグリはきょとんとした顔でそのあおいろの瞳をぱちぱちと見開いただけだった。ぐしゃりとその栗毛を撫でて、シルヴァは適当に肉やら果実やらを手にとって台所に立つ。

これからスグリをアザミのところへ預けて、シルヴァ自身は行商人とのやり取りの監視監督をしなければならなかった。いつもならスグリを連れていってやるのだけれど、今回はすこし勝手が違う。ほんの少しだけ憂鬱な気分になったけれど、ムラの次期リーダーと目されているシルヴァにとってそれは半ばの義務であった。しかし、と思うのは、アザミのことだ。アザミはスグリの齢について知っていたのだろうか。知っていたのなら悶々とするシルヴァに声をかけてくれてもよさそうなもので、けれど食わせ者である彼女ならやりかねないとも思ったりもする。

このムラの女性たちを一手に束ねて発言力を持つ彼女はまさに女傑というやつだ。シルヴァも彼女には頭が上がらない。スグリのことは可愛がっているようでいつも様子を聞かれるが、だからこそやっぱり、歳のことはきっと知っていて隠しておかれたのだろうとシルヴァは勝手に思っている。漸くシルヴァがスグリのほんとうの歳を知ったと彼女に知れれば、きっと彼女はにこにこと笑みを見せて来るに違いない。

手伝うよ、と言って野菜を切り始めたスグリの手付きも慣れたものだ。肉を切らせるときと山で採れる固い木の実の皮をむくときは少し心配なのだけれど、他の料理は難なくこなすようになってきている。聞いたところ大家族だったようだから、きっと家事もやっていたんだろう。齢を聞けばそれにも納得がいった。

シルヴァは家族がいない。両親は早くに死んだしひとりきりの姉は女の少ないこのムラの雰囲気に耐えきれなかったのか家を出ているから、シルヴァにはこのムラで身よりは無かった。いまはスグリがいるからふいに感じた後ろ暗さはもう遠いけれど、スグリから家族を取り上げてしまったことにはまだすこし後悔というか罪悪感が残っている。

けれどスグリの存在は、シルヴァにとって手放せないほど奥底まで染み付いてしまっていた。狩りに出てもスグリがいるのだと思えば無茶はしないし怪我を避ける。前のような無茶な狩りをしなくなったな、と仲間や上の年代の狩人たちにも言われるようになっていた。それこそがリーダーに必要なことなのだとひとつ前のリーダーに言われたのは記憶に新しい。

「シルヴァ、あぶない!」
「…、ごめん」

なんてぼうっとしていたら肉が焦げそうになっていた。スグリに突っつかれて慌てて火を消すけれど、しょうがないなあとでも言いたげなスグリのくすぐったい笑顔を見ているとどうしようもなく口角が上がってしまうのは止めようもない。

結局すこし焦げた肉とあとはスグリが作ってくれた野菜のサラダとで昼餉を終えた。ごちそうさま、と手を合わせると、最初こそ慣れなかったらしいスグリが同じように手を合わせている。これは獣を殺して生きているこのムラに独特の感覚らしいが、スグリは謂れを話すと感心していたようだった。やはりスグリのムラとこのムラでは、日々の感覚からすべて違う。そんな違う風習のムラにいきなり身を浸したスグリも、ゆっくりとこの場所に馴染み始めている。そんな気がした。

「スグリ、アザミのところに行く」
「…、ん、わかった」

頭のなかで言葉を訳し終えたらしいスグリがこくりと頷く。かれに着せかける外套を壁掛けから取り上げながら、シルヴァは憂鬱な作業を前にもう一度はあ、とため息をついた。どうしたの?というふうに寄ってきて手を握ってくれたスグリの頬を両手で挟み、笑い掛けてやる。早く終わらせてスグリを迎えに行こう、と思った。








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