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「…こんな時間に、どうしたんだよ」

今お前んちの前なんだけど、会える?そんなふうな突拍子もないメールに慌てて階下へと下りて玄関を開けたら、渡里はいつも通り爽やかな顔で家の前に立っていた。やっぱりガチでここまで来たらしい。さすがにそんな友人を寒空の下に放置するほど鬼畜ではないので、とりあえず俺の部屋に案内した。…こんなの、防ぎようがない。あんなに会わないように会わないようにってしてきたってのに。

ほんとうにこういうことをさらっとやってのけるあたり、渡里はすごい。母さんが起きてくる気配がなくてホッとしながら、そういや渡里が俺んちに遊びに来るのは始めてだなって思ってちょっと動揺する。てか友達家に呼ぶの初めてかも。呼んでないけどな。

「ここが昴の部屋かー」

なんていいながら部屋中に貼られた天文のポスターを渡里が眺めている。とりあえずせんべいの袋を開けて、俺はコップにジュースを注ぎながら内心でたいへんに焦った。

しまった、話の種がなにもない。星や月のことを抜きにすれば俺の話せる内容なんかたかがしれてて、おまけに現在絶賛不登校中である俺は学生なら誰しも最も身近な話題として提供できる学校の話すら出来ないわけだ。まずい。沈黙が痛い。

「…あれは、なんて星?」

すると渡里がそばに貼ってあったポスターの写真を指差して、そうやって俺に尋ねた。そういうところで俺は渡里をできた人間だなあと思うわけだ。さすがクラスの人気者は違うね。けど、だからこそ俺は渡里の前で星の話を封印したかった。だってまた俺の話に付き合わせてしまう。

「プレアデス星団。…渡里、なにしにきたんだよ」

そして俺は相変わらず無愛想なうえに誤解を招くことばかり言ってしまった。べつに渡里が来てくれたことはうれしくないわけじゃない、気にかけてもらえることはありがたいと思う。そんなことちっとも感じさせないような、ひどく低い声が出てしまう。

「…へえ!あれがすばるなんだ」

なのに、渡里は全然気にしてないふうにそういってポスターのほうにからだごと向きなおった。え、と思って言葉を失う。俺が口にした名は星団につけられたそれで、俺の名の由来でもある和名とイコールで簡単に結べるほど知名度が高いとは言い難い。なのになんで渡里は迷った様子もなくそんなこと言えるんだ。…星のこと、よくわからないくせに。

「…よく、知ってるな」
「昴と同じ名前だな。お前の名前の由来?」
「…そう。その写真、死んだ親父が撮ったんだ」

ほら、俺はまた話し出してしまいそうになる。渡里は話を振るのが上手かった。あわい青の星団は美しい。五月生まれの俺に、父は牡牛座にちなんだあの星々の名前をつけたのだ。うつくしい星団。アルキオネ、アトラス、エレクトラ。マイアにメローペまで、父さんの写真は映し出している。

「すげえなあ。星の写真がさ、こんな風に撮れるなんて」

…錯覚してしまいそうになる。まだ渡里が星を好きってばかり思ってたころみたいに、まるで同じものを見ているような気になってしまう。なんとなく苦しくなったから、俺は渡里を真似して不器用に話題を変えてみた。

「…さいきん、学校はどう?」

模範回答レベルに達しているはずのその問いかけにも、渡里は振り向かないままで答えた。その目がどうやらポスターを眺めていると知り、俺は息を詰める。星を辿る渡里の表情は見えなかった。

「すげーたいくつ。」

渡里の答えはらしくもなく簡潔で、俺はまたぶつりと途切れた会話に困り果ててしまう。
いつもなら俺がこいつにこんな話題を振ることなんてなかった。そもそもあまり、渡里は自分で話をしない。俺は渡里がなにを好きなのかも知らないんだってことに気づいて愕然とした。なんて友達甲斐のないやつだ、俺。…渡里はいつも俺の話をにこにこして聞いている。だから俺は錯覚してしまっていたわけだけど。

「…な、なあ、渡里」

けれど渡里がまた俺に話を振らないうちにどうにか会話に繋げたくて、俺は狼狽えながら記憶をたどった。こうなればもう部活の話題くらいしかないだろう、うん。

「部活は? 冬は、サッカー部どうすんの」
「筋トレとか。あとは、体育館でフットサル」

ぶつり。会話がまた切れる。ちょっと泣きそうだった。ここしばらく母さん以外と会話してない俺の身にもなってほしい。自分のコミュニケーション能力が低いことなんてとっくに知ってたけどさあ。

「…な、昴」

するとまた広がった沈黙に、ついに渡里が口を開いてしまった。俺は見つめていた渡里の背中から目を逸らして体をすくめるけれど、渡里に振り返る気配はない。これ以上俺に、かれに提供できる話題は見当たらなかった。だって俺は渡里のことを全然しらない。ずっと友達だって、親友だって思ってたくせに、俺はちっとも渡里の話を聞いちゃいなかった。

膝を揃えて正座をして、俺は膝に爪を立てる。なのに渡里はこんなふうに俺に話しかけてくれる。俺の好きなことを、星の話を促してくれる。…それが何よりもつらくて、だから俺は、俯いたさきのフローリングを、じっと見据えることしかできなかった。渡里の咽喉が震え、その声が部屋にぽろりと落ちるのを、ただ諾々と眺めている。

「…俺、なんかした?」

今度こそ深い深い沈黙が、午前三時の部屋を支配した。








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