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Hello new world





「どあほ、それじゃいつまでたっても終わんねえだろうが!」
「おれはどこになにがしまってあるのか知ってる!」
「嘘つけ!こないだ必死こいてファイル探してたのはどこのどいつだ!」

ぎゃんぎゃん洸に怒られておれは傷心だ。年末くらいゆっくりさせろ。あの仕事の鬼のラインハルトだって昨日から休みだってのに。ちなみにシオンはお年玉をラインハルトにねだる気らしいんだが、ちゃんと無事に生き延びられるかおれは心配だ。

まあ年末年始に探偵のところに来るような奇特な人間はそうそういない。ってんで、おれの事務所は数日前から年末年始の休業に入ってる。ぐうたらぼんやり過ごそうと思ってたのに、これ幸いとおれの尻を叩いたのは洸だった。

「大掃除すんぞ、郁人」

バンダナで髪をとめてほうきを持った我が騎士は、そういっておれの顔に雑巾をぶん投げてきたのである。それから座っていた安楽椅子からぺいっと放り投げられて、それに乗って天井だとか電気笠の上だとかをはたき始めた洸をぼんやり眺めていたわけだ。ちなみに机の上のものとかはすでにまとめて端に隔離されたあとだった。手際がよすぎておれはびっくりしたんだが、まあ家事全般に堪能な洸のことだからあんまり驚かない。騎士学校に家事の授業があったんじゃないかって本気で思ったものだ。

それでまあちんたら机を拭いたり窓を拭いたりだのをしてるあいだに、洸は手際よく床も掃いて大方の掃除を終えていた。で、ようやっとそれも終わって解放されたかなってところで洸に無言でおれの机の上にあった紙や本の山を指差されたからたまったものではない。おまえあれ何年分だと思ってるんだ。陽が暮れる。

「要らないもんは捨てろ」
「どれが要らないかわからん」
「じゃあ全部捨てていいんじゃね?」
「…最近の依頼書とかもいろいろ入ってるんだけどな」
「……、目を逸らすな、仕分けするぞ」

こうなったら洸は意地でも引かないってことぐらい長い付き合いで分かってるので、おれは仕方なく書類の山に向き合うことにした。向かい側に座った洸が黙々とそれを分別している間、なつかしい書類にじっくり目を通してしまうのはおれの性なのでどうしようもない。

いろいろなことがあった。もし、もしも五年前に家を出る選択をしなければ、きっと今もこんなことするはずがない生活を送っていたんだと思う。あのうつくしい水の街で、おれはきっと礼服を着て、由緒正しい儀礼に則った仕事をしていたに違いない。…あの時、洸の手に縋っていなかったら、きっと。

「あいでっ」
「手が止まってる!」

ひたいをべちんとたたかれた。地味に痛い。せっかくカッコいい洸を思い出していたのにいろいろ台無しだ。でも相変わらずそばにいるこの優秀な騎士さまに、どうにも口元が緩むのがわかる。

なあ、洸。
お前だってもしあのとき、俺を諫めて叱っていたら。俺が伸ばした手を取って引きさえしなければ、あの国でこんなことしなくてもいい、最高位に近い騎士の位に居たんだぞ。
そう言ってやったら、洸はどんな顔をするだろうか。きっと笑うのだろう。ばかじゃねえのって、いつもみたいに。

「なんで笑うんだよ、変なの」
「ふふ」

書類を捲る。どれもこれも猫探しだとか浮気調査だとかそんなのばかりだ。それでもおれはこの五年のあいだじゅうずっとすごく楽しかった。窮屈だと思った事は無かったはずのあのうつくしい大公邸から飛び出して、世界の広さをしって、そしてそれはおれにとってこうふくだった。…これは洸がくれたものだ、と、おれはそれを、ずっと思っている。

「今年ももう終わるんだと思ってな」
「なんだよ。それがそんなに嬉しいのか?」

言いながらも洸の手は止まっていなかった。放っておいてももうちょっとで仕分けが終わりそうだったので、おれはゆっくりとおれの辿ってきた道を振りかえる作業に没頭する。三年前の依頼、五年前の書類、この間もらった近所のお店の割引券、どれもがおれの選択の先にあるものだ。それを誇らしいと思う。

「楽しかったからな、今年も」
「…そうか。俺も、楽しかったよ」

手を止めて顔を上げた洸と目があった。寸の間驚いた顔をして、それから洸が笑う。おれもつられて笑いながら、きっと来年も再来年も同じ気持ちでいるとそう確信していた。きっとそれからさきも、ずっとだ。

「年越し蕎麦たべたい」
「こっちの国にそんな風習あんのかよ」
「…む、そりゃそうだったな」
「……作るか。明日何食うか決めてなかったしな」
「洸、お前、ほんとに何しに騎士学校いってたんだよ…」
「…言っとくけど、学校で掃除とか料理なんてやらねえからな」
「えっ」

呆れたように首を振った洸に首ねっこを掴まれる。そのまま台所へと連行されながら、おれは遠慮なく声を上げて笑った。来年もこうして笑いながら過ごせると思うと、ああこうふくだなあと思う。とりあえずは、それなりに片付けた台所をもろもろの粉で汚すところから始めようと思う。








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