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…何が起こったのか分かんないで茫然としていたら、濡れた音が静まり返った部屋に響いて唇が離れた。ほんの少し高い位置にある忍の目が濡れたように光って俺を見つめている。

「…忍」
「俺は、お前なら、龍太郎なら…」

張り裂けそうなくらいに煩く鼓動を重ねている心臓が痛い。忍が俺にキスをした、と気付いて、どうしていいか分からないけれど身体は正直だから、忍を離したくない一心で俺はその身体を抱きしめる。今度は俺の頭を殺す気かってくらい抱え込むこともなく、忍はおとなしく俺に凭れかかった。その腕がおそるおそるといったふうに俺の背中に回される。

お互いにもう子供じゃない。学校っていう狭いテリトリに阻まれてることもなくて、そのかわりお互い違う方向に大きく広がった世界があって、もう、俺は忍とちいさな部屋でくっついていつまでも過ごしていけるような、そんなふうな幻想を抱いちゃいない。忍を揺るがすあの男の恐怖だって今はもう遠い。なのにこんなふうに静まり返った部屋で、息を殺して抱き合っているっていうのは、奇蹟みたいなもんだった。

昨日まで間違いなく、絶対に口には出さないつもりだったことをいった。俺たちの関係を明白に変質させるひとことだったのに、それを何より恐れていたはずの忍は、なんで言わなかったんだなんていって泣き出しそうな顔をした。いったいどういうことなんだ、というよりさきにキスをされて、どうしていいかわからない。

「いやじゃなかった」

ぽつり、と忍が吐き出した。俺の肩口のあたりに額を擦りつけるようにして、普段と違って蚊の鳴くような声でいう。俺は身体を強張らせてその言葉を待った。忍にこわがられるのは、怯えられるのは、…嫌われるのは、想像も出来ないくらいこわいことだ。

「酔っぱらったお前が俺にキスすんのも、きのうのも、…好きっていったのも、ぜんぶ、ぜんぜんいやじゃなかった」

俺の胸に指をひっかけた忍は、ぼそぼそとそんなことをいった。どうすればいいかわからなくて、俺は大きく咽喉を鳴らす。とどこおっていたものが嚥下されて、俺の気管と胸を手酷く灼いた。

「俺は、俺は…、ずっとお前が俺のこと好きで、それ隠してて辛かったってことのほうが、ずっといやだ」

俯いた忍の表情は見えない。どんな顔をしているんだろう。いつもみたいに笑っていてくれないことは確かだった。…俺は、こいつがこういうやつだってことを知っていた。だから言えなかったんだってことも、分かってほしかったんだけど。唇を噛んで勢いよく忍が顔を上げる。じっとそのつむじを見下ろしていた俺と目が合って、忍はその唇を戦慄かせた。

「…どうすればよかった?」

そっとその頬に触れてみた。…触れてもいいのかもしれない、と思ったら、留めておくことなんてむりだった。…ずっとずっと、どうしようもないくらい好きだったんだ。

「しあわせにする、愛してるよって」

瞬きをした忍の瞳は濡れてきらきらと光っている。じっとその双眸と見つめ合って、俺は信じられないような衝動で胸が満たされるのを感じていた。忍が好きだ。どうにかなってしまいそうなくらい、好きだ。

「…こんなふうに抱きしめられながらお前に言われたら、一発でオチるってーの、ばか」

震えた声で、けれど忍が笑っていったその台詞に、俺は思わず目を見張る。ああもう、だから俺はお前のことが好きなんだ。思い知って眩暈がした。俺はゆっくりと瞬きをして、それから大きく息をする。忍のことが好きで好きでたまらない。押さえこんでいたその感情が、溢れだして今にも口から零れて落ちそうだった。けれどきっと忍はそれを受けとめてくれる。もう我慢しなくてもいいのかも。そう思ったら、もうだめだった。

「忍」
「…うん」
「俺は、お前が思ってるよりずっと、お前のこと好きだぞ」
「…そっか」
「たぶんもう二度と離してやれない、それでもいいのか」
「言わせんな、ばか」

沈黙と静寂に満ちた部屋にはきらきらと日差しが差し込んでいる。俺はゆっくりと瞬きをして、どこか静謐な雰囲気を纏ってじっと俺を見つめている忍と目を合わせた。俺は大きく深呼吸をして、ひとつも演技の混ざらない、俺の心底を口にする。

「…」

胸にとどこおっていた痛いくらいの激情は、そうしてついに、忍に届いた。何も透かし見ていない、何の言い訳もない言葉が、やっと伝えられた。俺の胸に額を預けた忍がゆっくりと頷くのを、俺は信じられないような気持ちで見つめている。その時確かに、俺のこの長い長い片思いは、終わりを告げたのだった。










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