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龍太郎の心臓の音が耳元で聞こえる。ぐしゃっと俺の後ろ髪を撫でた龍太郎の手が、そのまま俺の頭をその胸に押しつけた。口の中がみょうに乾いている。

「好きだ、忍。ずっと好きだった」

何か言いたいのに、何を言えばいいのか全くわかんないせいで、焦れたように龍太郎がもういちどそういった。わかった、さっき、ちゃんと聞いてた。なのに俺の咽喉はぎゅっと絞まったように苦しくて、言葉ひとつ吐き出そうとはしない。

龍太郎の真剣な声。俺の肩や背中を撫でる大きな手の感覚。どっちも飽きるくらいにそばに感じていたものなのに、きょうのそれは、いつもとなにかが決定的に違う。そんなことは分かるのに、俺はいまだになにも口にすることが出来ないでいる。頭の中がまっしろだった。

「だから昨日のは―――、そういうことで」

完全に龍太郎を下敷きにしてソファに飛び込んだ形になる俺には、視線を下げても龍太郎のつむじのあたりしか見えない。その膝に乗り上げた状態だったからせめて隣に座りたいのに、龍太郎のやつは抱きしめた俺の背中を離してはくれなかった。

…抱きしめた、って。
やっぱりこれ、抱きしめられてるんだよな、俺。意識をしてしまうとだめだった。ぼっと顔に熱が上がる。だって、だって、好きって言われて抱きしめられることが何を示してるかくらい、知ってる。龍太郎の声は真剣だった。ドッキリでした、とかそういうことでは、ぜったいにない。つまり、そういうことなんだ。

いつもふざけて俺をぎゅうって抱きしめたりするときとは違う温度と熱でもって俺の身体を明確に拘束する龍太郎が、黙ったままの俺に咽喉を鳴らす気配がした。あれほど固かった背中の腕が綻ぶのがわかる。何か言わなきゃ、と思うのに、なにも出来ない。けれどせめて何か行動しなきゃ、と思って、俺はとっさに龍太郎の頭をぎゅっと抱え込んでいた。何やってんの俺、とマジで思ったけど、顔を見られたらたぶんすごくはずかしいから、きっとそれしか無かった。お互いものすごく動揺しているのがわかってこんなときなのに笑ってしまいそうになる。さっきまでマンションのそとで流れてく雲とか車とかみてちょっと泣きそうになったのが嘘みたいな急展開に、俺はどうしていいかわからない。

「…りゅうたろ」

比較っていうものは、こわいものだ。俺はひどくそれを思い知った。高校のときのあのストーカー。このあいだの後輩。それと、いま、龍太郎に言われたことばはなんにも変わんない。変わんないのに、違う。なんでかって考えたら、すぐに答えは出てしまった。

龍太郎だから。龍太郎だから、キスされたのもこうやってこわいくらいの力で抱きしめられるのも、好きっていわれるのもこわくない、し、いやじゃない。こんなにも顔が熱くなって死んでしまいそうなくらい心臓が暴れてる。いやじゃないのに思わずぶわっと涙が溢れてしまいそうになる。

俺はずっと龍太郎のことが、すごくすごく好きだったのかもしれない。そんなことを、考えていた。

「…いつから?」

すると同時に、こわくなって聞いてみた。ようやっと唇を震わせた俺に長く細く息を吐いたりゅうたろが、開き直ってもう一回俺の背中を抱え直す。俺は完全にその上に座りこんでしまった。龍太郎の吐く息が、俺の胸元に凝って熱い。火傷しそうだ。

「…ずっと」

と、そうやって龍太郎が言った言葉がすごく痛かった。龍太郎。…それと同時に、こいつはもはや高木龍一郎である。この部屋を出れば俺が並んで歩けるような相手じゃない。けど、龍太郎は、いま目の前にいるこいつは俺のなんだ。ずっと俺のそばにいた幼馴染。失うなんて考えたこともないそいつ。…俺がそうやって、こいつのことを当然と思ってる間じゅうずっと、龍太郎は俺にこんな痛いくらいの感情を抱いてたっていうのか。

それはきっと、すごくすごくつらい。俺がふざけて言った言葉を手繰ればそんなのすぐにわかる。俺は龍太郎を、『高木龍一郎』でない部分のこいつを独占することになんにも躊躇しちゃいなかった。龍太郎が俺に構って、俺が龍太郎に構うことに、なんの疑問も抱いてなかった。

「なんで、隠してたんだよ」

言ってほしかった、と思う。そうしたら俺だって、ちゃんと態度の取りようってもんがあるだろう。なんにも考えないで抱きついたり、好きだとかなんだとか、そういう冗談をいったりしなかった。そのたび龍太郎がどんな思いをしてたのか考えたらすごく申し訳なくなる。俺の知ってる龍太郎が、俺の思ってたのと違うことを考えてたんだって思ったら、なんだかすごく悲しかった。

「…言えるわけねえだろ」

両手で抱え込んだ龍太郎の頭が、俺の胸元でぼそりと吐き出した。すこし掠れた低い声はドラマでも聞けないような真剣なそれで、背筋がぞくぞくする。

「お前が男のストーカーに追い回されてボロボロになってるときに、実は前から俺もお前のことが好きで、とか、言えるわけねえだろうが」

…龍太郎は、いつもそうだ。ほんとは俺のことをすごくすごく大事にしてくれてるくせに、自分の事はいつだって後回しで。だから俺は大人になった今度こそ忙しい龍太郎を助けてやろうって思ってたのに、それでも全部龍太郎をもやもやさせてただけで。…ああもう、どうすればいいのか分かんない。

わかんないけど、龍太郎が俺のことを、こんな痛いくらい好きって言ってくれるんなら、たぶん俺はそれにちゃんと答えてやるのがいちばんいいんだと思った。それはこの混乱しきった俺の頭で出来る最大で、だから俺は、抱きしめたまんまだった龍太郎の頭を解放してぐしゃぐしゃになっちゃったその髪をぐいっと掴む。それから目を見開いた龍太郎に、今度は俺から熱烈なキスをお見舞いしてやった。








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