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「静かだな」

ラインハルトはそう言ってカーテンを閉めた。ターバンを外してベッドの上でごろごろと観光雑誌を読んでいるシオンを一瞥する。馬鹿につける薬を、生憎かれはもっていなかった。

「恐らく何かあったんでしょう。…山猿たちじゃないですか?」

かれは雑誌を閉じてラインハルトを振り向いた。白銀の髪が揺れる。血の色をした瞳が、じっとラインハルトを見上げていた。

「コルネリアによると、あちらはすでに侵攻の準備を進めていると聞く。今度の傭兵団のかしらは随分と過激派のようだ」
「僕にとっては局長のほうがずっと過激派です」

艶やかな青の髪に切れ長の瞳、バランスの取れた手足の長い肢体を思い出し、シオンは吐息のように吐き出す。彼女は首都アリアの警察組織で最も上位に君臨している、まさしく女王というあだ名が相応しい女性であった。ラインハルトとは古い知り合いのようで、かれのすることをそれとなくバックアップしているのが彼女である。立場上彼女自身が動けないかわりに、ラインハルトが動いているのかもしれなかった。

「…お前、まだ根に持ってるのか」

呆れたように言ったラインハルトだが、彼女にふつうに接しているのはおそらく地球上でかれだけだろうことなど言っても無駄だろう。警察のほぼ全てが畏怖し、多少が狂慕する、それが彼女だ。要するに、ひどく怖いのである。

「心当たりがありすぎて何の事をいっているのかさっぱりです」
「…まあいい。先ほど郁人が言っていたとおり、おそらく作っているのは軍事用の何かだろう」

以前からラインハルトと提携をしている探偵に、シオンは今日はじめて出会った。郁人はラインハルトからシオンのことを聞いていたようで初対面にも関わらず気軽く話してくれたが、洸のほうは未だ掴めないでいる。だがしかし、かれはひどく強かった。あの騎士相手に互角以上に戦うのはなかなか出来ることではない。

「東の大公の次男が、まさか出奔して森の国に来ているとは思いませんでした」
「当然だろう。記録上は兄との跡目争いに敗れて死亡したことになっている」

洸はかれの騎士だという。海の国にのみ存在する騎士というものにシオンが抱いていたイメージとはかけ離れているが、確かに常に郁人を攻撃から守ることが出来るように動いているのは確かだった。かれの目に宿るほの暗いほどの決意と激情に、気付かないシオンではない。

「どちらにせよ、その莫迦げた兵器をどうにかしなければなるまい。我々の技術では造るまでに百年はかかる」

ラインハルトはそういうと、ため息をつく。ソファに腰かけたかれにコーヒーでも淹れてあげようと思いながら、シオンは立ち上がった。

「あまり無理をしないでください。…僕がいうのもなんですけど、山猿どもは強いです」

紅い瞳をすっと細め、わずかにシオンは笑ったようだった。神秘的な色彩にばかり目をとられるが、シオンはとても整った顔立ちをしている。ターバンを外すのは派手に暴れるときとラインハルトの前だけなのが惜しまれた。

「お前のようなのがごろごろいると思うとぞっとするがな」

些か粉っぽいコーヒーに口をつけ、ラインハルトがその鋭い双眸を伏せる。常にひとりで行動をしていた鬼のラインハルトに部下が出来たのは、ちょうど二年前のことだった。

「あは。でも僕ちゃんと、ラインハルトさんの役に立ってるでしょ」

のほほんとしている新米が、体よく鬼のラインハルトにおっつけられたのだという意見が警察内では主流だ。ほんとうのことを知っているのは、コルネリアとラインハルトだけである。血を被る銀の髪はぞっとする色彩だ。狂気的なそれを目にするのは自分だけでいい、とラインハルトは決めている。それがようやっと警察に馴染めてきたシオンのためだと。

「コーヒーもろくに淹れられないくせになにを言っている」

撫でてくださいとばかりにまとわりついてきたシオンの腰骨を蹴り飛ばして、ラインハルトは鼻を鳴らす。すでに夜も深まり、欠けた月が空に輝いている時頃となっていた。

「支度をしろ。そろそろだ」
「へ?」

対して痛がっているふうもなく腰を撫でていたシオンが、まんまるく目を見開く。たっぷりと粉が残っている飲み干されたコーヒーカップを机に置き、ラインハルトが銃の装填を始めるのを、僅かに困惑したような顔でみた。

「町の雰囲気がおかしい。あれほど騒いで兵どもも見回りにすら来ない。騎士のひとりも町の中を歩いていない」

そこまでいわれて、ようやっとシオンは得心をしたようだ。立ち上がり、ナイフが縫い込まれたジャケットを羽織る。かれとは違いあまり警吏の制服を着ないシオンはこうしてすきに衣類を改造していた。手にした二本のダガーを、ジャグリングでもするように投げて遊んでいる。

「ほぼ間違いなく何かが起こる。…今回の魔石の奪取の失敗で、あちらもなにか感づいたのかもしれないな」
「脳みその何も無い山猿がですか?…まあ、今はどうだかしらないけど」

それからターバンを巻いた。異端の白い髪と色のない肌を隠し、僅かに紅い目だけを覗かせる。カーテンを捲りじっと窓の外を見据えているラインハルトを見て、微かに口角を上げた。

「何か見えますか?」
「…あちらは、東か」

声のままにシオンもカーテンを捲る。街灯に火が灯っていないことに気付き、剣呑そうに目を細めた。ひとりやふたり見回りがいてもおかしくない石畳の街は沈黙を守っている。そして、何より。

「…これは、まずいかもしれませんね」

火山のせいで赤く照らされた山の国の方で、無数の篝火が焚かれているのが見えた。




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