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冷え込みが厳しくなってきて雪が積もり狩りにも行けなくなり、シルヴァもあまりやることがない。あるとすれば冬を越すための会議に参加したりだとかそういった些細なことばかりだ。となると暇を持て余したシルヴァは、今年から増えた同居人といっしょに過ごす時間が長くなる。これまで向かい合ってこれほどまとまった長い時間を過ごせたことはなかったから、ふたりの間には大きな発見がいくつかあった。

たとえばスグリの歳が自分とさほど離れていない、と発覚したのは、シルヴァがなんともなしにスグリにこのムラの風習を物語ってやったことに端を発していた。このムラでは齢十五を重ねると、一人前の狩人としてひとり立ちして狩りをするのだ、という話だ。

興味深そうに聞いていたスグリに、このムラに産まれていたらそろそろ狩りに行かないといけないな、と言ったのが不味かった。きょとんとしたスグリが言葉を理解して、それからむすりと頬を膨らませたかれの指先に頬をつままれて、やわらかくもないそこを引き伸ばされて、かれが自分の歳らしき数字を繰り返したとき、シルヴァは非常に驚いた。シルヴァが告げたシルヴァの歳にスグリも驚いていたから、きっとお互いに大きな認識の差があったのだと思う。

実のところシルヴァはもう少し経ったらスグリも少しは背が伸びるのかな、なんて思っていたのだけれど、これをいったらさらに拗ねられるのは目に見えていたから黙っておく。シルヴァは正直、農耕民族と狩猟民族の違いをすこしなめていたのかもしれなかった。

ちなみにその話をスグリがアカネにしたらしく、アカネもまたスグリをどちらかといえばシルヴァよりも自分に歳が近いと思っていたらしくたいへんに衝撃を受けていた。周りの人間にずいぶんと年下に見られていたと知ったスグリは数日間拗ねっぱなしで、シルヴァはかれの機嫌を直すのにすごく苦労をしたわけだ。

どうにもスグリは華奢すぎる。すこしでも力を込めれば壊れてしまいそうだから大切に大切にしているのに、もうすこしだけ強く抱いてもいいんじゃないかと思ってしまう。シルヴァは決して、スグリが幼く見えたから好きになったわけではないし、かれが自分と同じだけ年を重ねた分別を持ってシルヴァのそばにいてくれるのなら、シルヴァだってかれに対するのにどこか保護者めいた気持ちを抱かずにすむ。いつだってかれの庇護者ではあるつもりだけれど、それ以上にもっと近しい触れ合いだって望んでしまっていい気がしてくるから困りものだ。

「シルヴァ、午後はなにをするの?」

シルヴァには分からない言葉で書きとめられたちいさなノートをめくりながら、どうやら言葉を組みたてたらしいスグリがそう声をかけてきた。暖炉の火だけが穏やかに部屋を暖める、冷え込みの激しい日のことである。

スグリたちの文字はシルヴァにはわけのわからないものだったが、おそらくはかれの発音で書きとめられた言葉は、かれがシルヴァとコミュニケーションを取るための必須であるようだった。そのノートに助けられると、スグリはシルヴァにいろいろなことを尋ねることができる。シルヴァは逐一それに答え、かれに分かりやすい言葉を噛み砕いて伝えてやる言葉遊びのような作業を、実は気にいっているふしがあった。

「午後は、俺は行商人を迎えなきゃならない」

と一度口に出してから、これではスグリには少し難しいと思い直して言葉を砕く。じっとその澄んだ蒼の瞳でシルヴァを見上げるスグリを見ていると、口元が緩むのがわかった。スグリの瞳が好きだ。なんの躊躇いもなく、シルヴァのすべてを信じきったそれ。どんな宝石よりもきらめかしくうつくしいものが、目の前にある。それはシルヴァにとって、ひどくこうふくなことだった。

「スグリは、アザミのところに」
「…俺は、アザミのところに」

自分の胸に手を当ててシルヴァの言葉を反芻したスグリが、口に出してから漸く意味を理解したようにぱちぱちと瞬きをした。それからこくんとひとつ頷いて。シルヴァは?とでもいうふうに視線で促す。まずはどうしてこの時期に行商人を迎えるかの説明から始めなければならないな、と思いながら、シルヴァはけれど小さく笑ってそれを始めた。スグリはまるで乾季の大地が一滴の雨水すら逃さず吸い込むように、シルヴァから得た知識を吸収する。それはかれのたゆまぬ努力の成果だけれど、そんなふうに努力をしてこのムラで生きようとするスグリのことが、シルヴァはたまらなくいじらしかったのだ。

ひととおりの説明を終えると、スグリは納得したように目を輝かせて頷いた。がんばって、とかれなりにせいいっぱいの励ましの言葉をくれる。頷いて小さく笑い、シルヴァはスグリの肩を抱き寄せた。あたたかい部屋で、こうしてそばにこんなに大切なひとの姿があり、触れられることは信じられないほどの幸福だ。そんなことを思いながら、シルヴァは首を傾げてこちらを見上げているスグリに、そっと口づけをした。








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