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宛がわれた部屋はホテルのスウィートルームと言っても差し支えのないような立派なものだった。やわらかそうなベッドに大きなソファ、そして山の自然を臨める大きな窓、と思わず洸が感嘆のため息を零してしまうほどにすばらしい。金はあるところにはあるもんだな、なんて思いながら、とりあえず洸は窓の厚さだとか予想される侵入経路だとかを考えている。お互いにひどく怪しい行動をしているくせに普通の会話をしろ、と郁人が目配せしてくるせいで、洸は大変苦労をした。当たり障りのない話題を振るのはいいのだが、返ってくる返事がいつもの郁人らしくなさすぎるせいで会話が長く続かない。

「…暗号が隠されていたのは、食堂の暖炉の中だそうですね」

生まれてしまった沈黙を埋めるように、郁人がそんな言葉を投げかけてきた。かれはそういう間にも人差し指を唇の前に立て、壁の絵画をひっくり返したりクロゼットを開けたりと忙しない。かれのぶんのジャケットも壁掛けにかけてやりながら、洸はさきほど執事から聞いたことを反芻した。

「らしいな。夕食のときに一斉に説明がなされるそうだが」
「でも、先生。すばらしいじゃないですか、こんなすてきな洋館に招いていただけるなんて。先生ならきっと、暗号なんてすぐに解いてしまえますよ」

なにかぴんときたらしい郁人が紙切れの端に何かを走り書いて手渡してきた。何も考えないで、洸はそれを音読するにとどめる。さきほどから郁人が何か不穏な動きをしているのは、知っていた。ソファの背もたれのカバーを外して、中から何か丸くて等間隔で点滅する石を取り出している。

「そうだな。それで莫大な報酬が手に入るのだから、安いものだ」
「暗号ひとつにこんなに探偵を招くなんて、やっぱり金持ちは違いますね。…あっ」

椅子に腰かけた郁人が床を蹴って、さも何かに躓きましただとか、なにかにぶつかりましたといった音を立てる。ついでにそれといっしょに、手にしたその丸い石にかれのレイピアの切っ先を宛がっていた。突拍子もない行動にすこし驚いたけれど、郁人のそのきらきらした亜麻色のひとみに急かされるように見つめられて、洸は仕方なく続きの台詞を音読する。

「なにしてるんだ。…まったくそそっかしい、ソファがそこにあるのが見えなかったのか。おい、掛布が落ちたぞ」
「す、すみません。今直しま、」

ぐしゃり。
レイピアの切っ先が、何のためらいもなくその石を貫いた。粉々に飛び散ったそれをていねいに掌で掬いあげた郁人が、それに手を翳している。もちろん輝きを失ったその石――おそらくは魔石、その破片はなんの反応も示さなかった。

「いいぞ、洸」
「……、お前、何したの」

ようやっと許しが出て、なんだかこの三文芝居にひどく疲れた洸は黙ってベッドに寝そべった。隣まで寄ってきた郁人が勢いよく同じベッドに腰掛けたせいで身体が軽く跳ねる。

「エントランスの壺と絵画。おそらくは盗聴用だろう魔石が仕掛けられていたからな、ここにもあると踏んだんだ。絵画の裏にもない、クロゼットにもベッドの下にもない――、考え得る限りすべての場所を探したが、見つかったのはこれひとつだ。部屋に一つとはいえこれは値が張る魔石だからな、さすがといったところか」
「さっきやけに長く見てたと思ったら、そういうことかよ」
「しかし洸、お前芝居下手だな。棒読み過ぎてどうしようかと思ったぞ」

くつくつと笑いながら、郁人は先ほど洸に渡した台詞の書いてある紙切れを魔石の欠片といっしょに燃やしてしまった。紫いろのうつくしい炎を上げて燃え上がった魔石の欠片は灰になって最早原型を留めていない。

「仕掛けたのが今回起こる事件の首謀者だろう。さっきのでおれたちは目下、警戒のリストから外されるはずだ。折りを見てふたたび盗聴器を仕掛けようとしてくるだろうが、この部屋には鍵がかかる。あり得るとすれば接触した際に服のポケットだとかに入れられることくらいだな」

ああもう、ほんとに楽しそうだ。きれいな亜麻色をきらきら輝かせて語る郁人を見ていると、洸はもうなんだかちょっとどうでもよくなった。気の済むまでやってください、ということだ。伸びてきた手が思うさまに洸の顔を撫でまわして離れていく。ぐったりと目を閉じていた洸が、緩慢に目を開くと。

「…いいか、洸」

寝そべった洸に覆いかぶさるようにして、郁人が至近距離でそのきらきらした目を向けていた。思わずのけぞったけれど、あいにく背中には柔らかな寝台しか当たらない。

「おまえはたぶん、触られたりなにか付けられたりしたら気付くだろう。だけどおれはむりだ。おまえはおれが盗聴の魔石をつけられたら、ちゃんと外すんだぞ」

そしてそのきらめかしい笑顔で申しつけられたのは、そんな無理難題だった。思わず脱力した洸の上から満足そうに退いて、郁人は今度は窓の外の眺めがいいだのを好き勝手に言っている。やっぱりおまえに助手は無理があるんじゃねえの、とこころの中で呟いて、洸はその背中にひとつため息をついた。









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