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Beyond Good and Evil 8






レオンの切羽つまった声が背後でしていたけれど、それもじきに聞こえなくなった。肉刺の潰れた手で剣を振り、俺は蝙蝠の羽を斬り飛ばす。先ほどから牙と剣で小競り合いをしていたそれについに決定的なダメージを与えることが出来た。煩く鳴きながら墜ちたそれにとどめをさして、手甲で額の汗を無理やりぬぐう。息が上がっているのが分かった。俺の荒い呼吸音だけが響いている。

どうせ森を出ればすぐにレオンと合流が出来る。だから離れても、俺がひとりで森から出れさえすれば平気だ。そう思っていたのは甘かったと気付いたのは、情けないことにレオンの気配が遠ざかってすぐだった。分岐点のたびに正しい道が分からないのもあるし、僅かな日光やヒカリゴケの光すらなくなる夜の気配が刻一刻と近づいてきたからである。夜営の道具はレオンが持っていた。だからもしこのまま夜になるまでにここから出られなかったら、俺は着の身着のまま一晩を過ごさなければならなくなる。冷え込みがひどければまずいことになるかもしれない。

なんとか大怪我は負わないでここまできたけれど、森の出口まであとどのくらい距離があるのかは分からなかった。森の具体的な大きさを、そういえば俺はしらない。ひとりだということとレオンの必死に俺の名を呼ぶ声が耳元でリフレインしていることも兼ね合って、罪悪感や心細さで一杯だった。ほとんどやけくそになりながら剣を振って、ほとんど足を引きずるようにして真っ直ぐ前へと歩き続けている。

レオンは、すごい。一匹の蝙蝠をしとめるのにだってあれだけ体力を使うのに、いつだって俺たちの前に現れるモンスターをぜんぶやっつけて、その上で俺を気遣うくせに苦痛ひとつ見せやしない。辛いはずなのに。苦しいはずなのに。…そんな辛苦を分けてもらえないくらいに、俺は頼りないだろうか。

じわりと涙が滲みそうになったのを唇を噛んでこらえた。血の味がする。役に立ちたいのに。無理をさせたくないのに。全部裏目にでている気がしてならない。ちっとも勇者らしいことを出来ていない。どこか世界に壁を作るレオンの顔に、笑顔ひとつやれないでいる。

これだったら、金で傭兵を雇ったほうがずっとよかった。レオンに無理をさせて、守ってもらって、心配をかけて、挙句こんな目に遭わずに済んだ。レオンだってこんな最低の勇者のお守なんてしないで済んだ。もうどうすればいいかわからなくて、俺は支えにしていた剣が岩先を滑るのと一緒にその場に座り込んでしまう。

「俺は、勇者なんだ」

死ぬために生きている。死ぬために進んでいる。いっそレオンに、俺はこの旅の終わりで死ぬんだから無理をさせたっていいんだと伝えてしまおうか。そうすればレオンは少しは俺を頼ってくれるだろうか。心にもないことを思いながら、俺は黙って木々の間から僅かに見える赤らんだ空を見上げた。

空が好きだった。いつだったか孤児院で、また謂れのない暴言を受けてひとりになったレオンを外へ連れ出したとき、そのときもあんなふうな赤焼けだったのを思い出す。あの頃はふたり、並んでいられたのに。いまは俺はレオンの背中を見ているだけだ。並びたくて足を速めれば、目的すら見失って座り込んでいる。無様だった。

「…!」

遠くで喧騒が聞こえてきたのはそのとき。俺は思わず見つめていた地面から顔を上げた。森全体を揺るがすような、どこか金属音にも似た反響する不協和音。これだけ大きな音を出せるものといったら巨大なモンスターか高位呪文くらいしか思いつかない。この森に他に冒険者がいるとも思えないしレオンは魔法を使えないから、考えられるのはモンスターくらいしかいなかった。

…つまり、この森にはそれだけ大きな魔物がいるということだ。これがこの森を通る旅人を喰らうという森の主の声なのだとひどく冷静に思いながら、俺はもう一度地面に剣を刺して立ち上がる。このまま座ってその森の主とやらに食べられるのはご免だった。

「…レオン」

かれに限って、モンスターに後れをとるなんてことはないだろう。だけどこの大きさのモンスターになら苦戦をするかもしれない。レオンと森の主が出くわしている確証などなかったけれど、俺はふらふらと音のした方に向かって歩き出していた。もしレオンがまだこの森のなかにいるのなら、今の音を聞いたはず。そうしたら、きっとかれは足手まといの俺が森の主に出くわしたんじゃないだろうかって心配して様子を見に来てくれる。…かれと合流するのにもっとも手っ取り早い手段はこれだろう、と、俺は判断したわけだ。

かれの手を振り払って飛び出したのは自分のほうなのに、自分じゃ禁忌魔法なしにはまともにダンジョン一つ通り抜けられないってことを思い知らされただけだった。

「…弱気になるな、救世の勇者」

とりとめもなく襲ってくる陰鬱な思考を無理やり追いやるように自分で自分を小声で励まして、俺は重い足を引きずって走り出した。ほんの少しでいい。たった一太刀でもいいから、レオンの手伝いがしたい。もしそれが出来たら、ひとりで勝手に行動したことを謝って、ちゃんと自分の考えをレオンに伝えよう。そんなことを、思いながら。












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