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かくして洋館に辿りついたのは、ジャケットがしっとりと雨を含んで重くなる頃合いだった。ゴシック調の飾りが付いた門の前には執事と思しき老人が傘を差して立っている。郁人の合図でかれに見咎められる前に郁人を背から降ろし、ジャケットを軽く払って洸が先だって歩きだした。耳元でこそこそと郁人が喋るのが、ひどくくすぐったい。

「他の探偵はどうももう辿りついているらしいな。いいか、洸。お前はいまから、名探偵洸だからな」
「…やっぱりやめねえ?お前が狙われても、絶対ちゃんと守ってやるから」
「いやだ。こっちのほうが面白い」
「…はあ」

ため息をついて、洸はひとつ腹をくくって深呼吸をした。郁人の悪だくみに付き合わされるのには慣れっこだ。かれが自分の想像力を軽々と飛び越えていくことも知っている。だからせめて並べるように、洸にはかれの隣まで全速力で駆けていくことしかできない。

「……ご招待ありがとうございます。こちらは探偵の洸、わたくしめは助手でございます」

郁人は先ほどまでの悪だくみに輝いていた顔を一瞬で余所行きのそれにすり替えると、そう言って優雅に礼をした。執事が深々と腰を折って、典礼どうりの挨拶を返す。それににこやかに応じる郁人が目線で洸に合図をした。かるく頷いて、洸はかれに先だって建物の中に入る。観音開きになっている玄関の扉をくぐり、中をぱっと見回した。

豪奢な屋敷だった。左右対称に整えられた空間は城にもにた作りをしている。ずっと住んでいた大公邸に少し作りが似ているから、きっと前の持ち主は爵位のある貴族だったのだろう。というところまで、洸は頭に入れておく。

「滞在の間ご利用になられるお部屋にご案内いたします」

遠路はるばるごくろうさまでした。雨で大変だったでしょう、とタオルを渡しながら言ってくれたのはメイドだった。すこしとうが立っているが整った顔立ちをした女性である。それで軽く濡れたところを拭いている間、いつもの好奇心にらんらんと輝く目をした顔で屋敷をざっと見まわしている郁人をなんとなく視線で追い掛ける。大きな壺が飾られているのを見たり、エントランスの階段の壇数を数えたり、掛けられた絵の作者の名前を確認したり。いったい何の役に立つんだと言いたくもなることを、それはそれは楽しそうにやっているから相変わらずだった。

郁人は表向き、助手が勇み立って有益な情報を集めています、というふうに振る舞っている。メイドに話かけたり、執事に絵を指差してなにか尋ねてみたり。けれどその行動ひとつひとつのあとにかれらしく冷静な目をするものだから。おまけにそっと人差し指を眉間に宛がって、ぐるぐるとエントランスを歩きまわったりしている。かれが考えことをするときの癖だった。しかし怪しい助手だ、どう見ても探偵だろう、なんて思いながら、洸はすこしでもらしく見えるように柱に背中を預けて周りを見回すふりをしている。郁人は今度は、執事からなにかを教えてもらったらしい絵を様々な角度から眺めている。それが済むと、次は壺だった。

諦めて視線を郁人から外すと、同じようにほかにもちらほらとこの屋敷ににつかわしくない人間が見える。おそらくかれらもまた自分たちと同じようにこの屋敷に集められた探偵たちなのだろう、と思いながら、洸は腰に下げた剣の柄に軽く触れた。いまどき武器を携帯しないで旅をする人間はいないから、探偵にはやはり似合わないこの剣もなんとか誤魔化せるだろうか。見たところほかの探偵が携行しているのは銃やナイフのようだった。そもそも俺の見た目で探偵になんぞ見えるのか、とちょっと思いながら、洸は郁人が満足するのを待つ。

先ほどメイドから渡された屋敷の地図にはざっと大小二十の部屋が書かれている。探偵に宛がわれるのは二階の個室のようだった。お部屋はおふたつ用意しましょうか、とメイドに言われたのを、安全面を考えて相部屋でいい、と言っておく。きっとはしゃいで寝ない郁人が煩いだろうけど、目を離してふらふら危険に飛び込まれるよりましだ。

「気は済んだか」
「済んだ」

寄ってきた郁人がこくんとひとつ頷いた。行くぞ、と出来るだけ偉そうにいうとはい先生、なんて殊勝な返事をして後ろをついてくる郁人がたいへん憎たらしい。調子が狂う。執事に渡された部屋の鍵を手の中で弄びながら、洸はエントランスの階段を上がった。

長い廊下を歩く間、郁人は唇の動きだけで洸に何かを伝えようと必死だった。どうやら声に出せない事情があるらしい、ということは分かったから、洸も必死にそれを理解しようとする。けれど読唇術なんてものを心得ているわけもなく困った顔をした洸に、しびれを切らしたのは郁人だった。ぐいっと洸の首に手をかけ引っ張って、これでよく先生などとのたまえたものだというふうな乱暴さでもってその頭を引き寄せる。ほとんど洸の耳に唇をつけるようにして郁人が囁いたのは、

「部屋についても、探偵のふりをしろ。おれの言葉にてきとうに相槌をうて」

という、ますます洸を悩ませる一言だった。








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