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なんだよどういうことだよわけわかんない、と鬱々しながら夜を明かした。俺は龍太郎だったから、龍太郎にならなにされてもよかったのに、あんなふうに拒否られるとこころも傷つくってもんだ。龍太郎は、ひどい。
「…その、なんだ」
なので俺はその不機嫌さを全面に押し出していた。ブランケットに包まって勝手にココアを開けて飲んでいた俺に龍太郎が声をかけてきたのは、ちょうど朝九時を過ぎたあたりのころだった。人のこと襲っておいて薄情なやつである。
「昨日のことは、悪かった」
龍太郎はそのイケメンな顔を困ったように歪ませて、そういった。酷い、と思ったけれど口には出さない。俺は怒っている。
「なかったことにしてくれって?」
ぐるぐるに包まったブランケットの奥で龍太郎を睨みつける。ますます弱り切った龍太郎の顔に、俺は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。そりゃ、実は酔うと幼馴染にベロチューしちゃうとかすげえショックだろうけどさあ、そんな露骨に態度に表すかよふつう。
「…忍」
俺に冷たくされて落ち込んでいる龍太郎を見てちょっと溜飲を下げる。どうすればいいかわからなくて、だけど、だから俺はじっと龍太郎を睨みつけた。
やっちまったもんはしょうがないし、ていうか俺が怒ってないんだからそれでいいじゃんと思うんだけど、龍太郎はそうはいかないらしい。膝頭を握りしめては離し、離しては握り締めてなにかをやり過ごそうとしていた。
「…悪かった」
もう一度繰り返した龍太郎が、そろそろと手を延ばしてくる。いつもならぐしゃぐしゃって俺の髪を掻き回す手が、ひどく逡巡したあげくに俺の手の甲をするりと撫でて離れた。
なんだよ、と思う。俺たちの関係はキスしたくらいで変わってしまうもんなんだろうか。いやだ、と思う。なんで夕べ、龍太郎に水なんてぶっかけてしまったんだろう。黙ったままでいたらきっと今まで通り龍太郎は気づかないままだったろうに。
「謝んなよ」
「だけど、」
「…そんな顔すんな、ばか太郎」
だから代わりに腕を伸ばして、龍太郎の頬をつまんで引っ張ってやった。龍太郎の顔が情けなく歪む。でもカッコいいんだからほんと芸能人ってやつはさ、ずるいよな。今日はたしかインタビューのアンケートみたいなのを書くだけだから、龍太郎も暇人である。よかったな、と思ったのはこうやってちゃんとこいつと話す時間を持てたってことだ。このまま仕事に行かれてたらきっとずっともやもやしてたもん。
「…」
俺の手を引き剥がした龍太郎が、一瞬すごく眩しそうな顔をする。なにをいってやろうか迷ったけれど、結局黙ってじっとその目をみた。いつだって俺の味方でいてくれた龍太郎。今度は俺がいつだって龍太郎の味方になる番だ。
「なんかさ、悩みでもあんの?ヨッキューフマン?」
「ちげーって」
「じゃあいいよ、考えこまなくていいからさ」
すると龍太郎の腕が二本伸びてきて、俺の背中を捕まえて引き寄せた。ソファの上で上体を捻るという無茶な姿勢を強いられる。何度か瞬きをして龍太郎の顔を見上げると、龍太郎が苦虫を百匹くらいまとめて噛み潰したような顔をしているのが分かった。いつも思うんだけど、苦虫ってなんの虫なんだろう。いまの龍太郎にきいたら、たぶん答えがかえってくる。
「…なんとも思わないのかよ」
そしてぽつりとあいつが吐き出したのは、そんな主語も述語もない一言で。ますます目を丸くした俺の背中に龍太郎の腕が食い込むくらいつよく抱きしめられて、俺はどうしていいかわからなくなった。でも龍太郎が触れてくれてよかった、と思う。俺は龍太郎の体温をこうして感じることがすごく好きだった。安心する。
「……なにが」
「………なにが、ってお前…」
額をぐりぐりと龍太郎の胸に押しつけて、俺はそう尋ねてみた。けれど龍太郎は主語や述語を補完するでなしにただ呆れたようにため息をつくだけで、俺はますますどうしたらいいかわからない。なんなんだろう、やっぱり龍太郎がへんだ。たしかに昨日の晩の出来ごとはこいつにとっちゃとんでもない出来ごとだったろうけど、けどさあ。
「俺が!俺が、あんなことしたのに、なんでお前はそんなにいつも通りなんだ」
「…なんでって、そりゃ…」
あんなことっていうのはやっぱりあのキスのことだろう。背中からぞくぞくが駆けあがってくるような、びっくりするぐらい気持ちのいいキス。ショックを受けてる龍太郎には申し訳ないけど俺はぜんぜんいやじゃなかった。自分でもちょっとへんだなあとは思うけどさ。
「お前は、高木龍一郎で…、だから、疲れてるんだよ、お前。俺はお前のストレス解消になるんだったらぜんぜん」
「…忍」
息が出来ないくらいの衝撃が、俺を襲った。じっと俺を見た龍太郎の目、テレビの画面越しにみるそれよりずっと真剣な目が、ひどく傷ついた色をして俺を見ている。…つらそうで、俺の胸まできゅっとなるような、そんな目をしていた。
「…悪い、今日は帰れ」
そして俺から目を逸らした龍太郎が、そう言って俺の肩をつき離す。俺は背中を離れた腕を無意識に手で追って、けれどそれも振り払われてしまったのを見てひどく驚いた。と同時にものすごく衝撃を受ける。
「俺は、お前のことが大事なんだよ」
吐き捨てるようにして龍太郎が言ったのは、そんな一言だった。