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学級を再生する十の方法
生徒×先生



「センセ、俺と付き合ってください」

というのは僕のかわいいかわいい教え子の言葉である。教師になってはや五年、ついに担任を任されることになった僕のこの一年は、波乱と共に始まった。

まず第一の要因は、僕の受け持ったクラス…、二年三組が学校でも有名な不良クラスであったことである。ちなみにクラス自体は一年からの持ち上がりで、なんで僕が担任になったかといえば去年の担任の先生が心労の余り入院なさってしまったからだ。髪がないのはしょうがないことだよなあと先生がたも職員室で話しておられたことを思い出しながら、僕はゆっくりため息をつく。目の前にいる教え子はといえば、その目でじっと僕のほうを見つめていた。

三十目前の大人が生徒にビビってちゃざまあないとは思うけど正直怖いです。この教え子は金髪(校則違反)、ピアス(校則違反)のコワモテだし僕よりガタイがいいしお家はヤクザだ。正直怖いです。逃げたいです。初担任が二の三だって聞いた時おもわず泣きそうになりました。

「相沢くん、とりあえず授業出ようか…」

僕の受け持ち教科は英語だ。きょうのこの時間は授業がないので、こうして英語準備室っていう英語科教師の部屋でテストの丸つけをしていたわけ。そこに相沢くん(こわい)がいきなり入ってきたのでちょっと泣きそうです。

僕のこの波乱に満ちた一年の理由その二は、目の前のこの相沢くんが原因だった。
かれはなんでかしらないけど、非常に僕になついてしまったのである。英語なんてもんは教え方に関わらず生徒の興味と関心にめちゃくちゃ左右される教科で、そりゃもう二の三に英語大好き!なんて子がいないのは去年からわかり切ってたことだったから、僕はせめて多少やる気のある生徒にはわかってもらえたらいいなって思っていたわけだ。

けど授業のたびに相沢くん(まゆげうすい)が最前列を陣取って僕のことをガン見してくるのでそうもいかなくなった。まあ相沢くんはこのクラスのボスだから、相沢くんが真面目に授業をうけてると自然とほかのみんなも静かになる。僕は図らずも静まり返った教室でクラス全員の注目を浴びながら授業をする羽目になったのだ。英語の成績だけいいよ、うちのクラス。担任としては喜んでいいのか悩みどころだ。

「この間もお断りしたよね?先生は」
「センセが怯えるからバイクでガッコ来んのやめたじゃないですか」

たどたどしい敬語を使う相沢くんに、いやバイク登校も校則違反だよね…とかいう度胸は僕にはない。僕はこの学校の教師のなかで二番目に若いので生徒からもなめられていて越前谷という苗字をもじってたいてい「えっちゃん」と呼ばれているのだけど、相沢くんはこうして僕のことを先生と呼ぶ。むしろ先生呼びとかやめてほしいくらいだった。
この子に敬語で先生呼びされるとか怖くてたまらない。懐いてくれるのは嬉しいんだけどこれたぶん三者面談とかもちゃんと出席しちゃうパターンだよなあ…、と近ごろ僕はそれにとても悩んでいる。相沢くんのお母さんとかつまりやくざの姐御だからね。こわいよね。

「あのね、相沢くん。相沢くんと先生はお付き合いできませんよ」
「なんで」
「生徒と教師であるからです。男同士だからです。先生、きみに手を出したら未成年淫行で捕まっちゃいますからね」

でもって、まあ、僕は春からこの相沢くんの猛烈アタックを受けているわけである。なにが楽しくてかわいいクラスメートを差し置いて自分の担任に惚れるんだか僕には理解ができませんよ相沢くん。

「…、卒業するまで待つし」

ぼそっと相沢くんがとんでもないことをつぶやく。いや、そりゃね?実力行使に出るとかいわれたほうが怖いけどね?だけどやっぱりいろいろ問題はあると思うんだよ僕。

「よく考えてごらん相沢くん。先生はもうちょっとで三十路だよ」
「若いじゃん」
「十歳以上も年離れてるだろ?そんでもって先生も相沢くんも男だね?」
「関係ねえし。オヤジはお袋と二十離れてるし」

まずい相沢くんの敬語が崩れてきた。機嫌が悪い証拠だ。ていうかやっぱりヤクザさんこわい。お袋ってどんな人なんだろうやっぱり三者面談こわい。

「相沢くん…」
「なんで。センセは何が嫌なわけ。俺いい生徒だろ?…じゃねえ、ですよね?」

いい生徒ですよ、素行と成績以外は!あっ英語はすごく出来るよねすごい!でも僕と補助の外国人の先生の会話に割って入ってくるのはやめて!キャシーさんが怯えてたからね!
もう何からつっこんでいいかわからなくなった。僕の前では真面目な生徒である相沢くん。クラスがザワザワすると発言ひとつで黙らせて担任である僕を助けてくれる相沢くん。なんでかしらないけど僕が行くどのクラスの授業でもみんな真面目ですよあれぜったい裏で相沢くんが関わってるよまじこわい。

でも、まあ、僕は相沢くんが嫌なわけじゃない。かわいい生徒だし、僕になにかしてくるわけじゃないし。いい子だし。まあ最初の日に学級委員に立候補されたときには目玉飛び出そうになったけどさ。

「…相沢くんはすごくいい生徒だよ、頑張ってるし、英語のテストだっていつも上位だ。僕の自慢の生徒」

僕は平凡な教師でありたかった。職員室でも三組のストッパーとか相沢担当者とかいろいろ言われるようになってしまっている今の現状からはかけ離れてるけど。
「…そんな言葉が欲しいんじゃねえって、わかってていってんの」
「…、相沢くん、やめなさい」

僕の腕を掴んだ相沢くんにびくりと身体が竦む。けれどかれは、僕がそういうと黙って手を離してくれた。だから余計にたちがわるい。僕の前でだけはとことん優等生なのだ、この学校一の不良生徒は。

「…俺、諦めねえっすから」

鳴り響くチャイムの音。次の授業は二の三だ。そう思った刹那に相沢くんに背中から抱きしめられる。びっくりして目を見開けば、僕を解放した相沢くんはさっさと背中を向けて準備室を出ていってしまった。…い、いま、なんかすごいことを言われてすごいことをされた気がする。

それから僕はすぐに気付いてしまう。その大きな身体から、前に散々注意した煙草の匂いはもうしなかった。









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