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Beyond Good and Evil 7





ちっ、という鋭い舌打ちがレオンの唇を洩れて、俺は思わず身体を強張らせた。剣を抜いたレオンが長い剣を音もなく振り抜く気配がする。俺に聞こえるのは、両断された蝙蝠に似たモンスターが地面に落ちる音だけ。俺を背中に庇ったレオンは、そのまま瞬く間に四方から襲いかかってきたモンスターを簡単にやっつけてしまっていた。

「道があのときと違う…」

ぼそり、とレオンが呟いた言葉に顔を上げる。その目と真正面から目があった。昏い森とは色の違うあたたかい色をした翠の目が、じっと俺を見ている。何かをその、俺には測り知れない頭で考えてるんだってことはわかったけれど、なにがレオンにこんな焦燥を与えているのかは全く分からなかった。

「…あのとき?」
「……、前に、来たことがある」
「そんなこと、あったか?」
「お前が知らないだけだ」

同じ孤児院で育ったんだから知らないことなんてないはずなのに。でも俺の知らない間にこんなに強くなっていたレオンのことだから、強ち間違っちゃいないのかもしれない。憮然としてそれでも頷いて、俺はゆっくり瞬きをする。俺に何が出来るだろうか。半ば死ぬために選出された、救世の勇者として。

危険な道になることは百も承知だった。滞在した町でも、勇者とはいえあの道は危険だと何度も諭されたのだから。けれど危ない橋は渡らないレオンが行くと決めたのだからそれほどリスクは高くないのだと勝手に思っていた。けれどレオンがきゅうに難しい顔になったので、俺は困り果てている。先頭に立って歩き出そうとしたら、レオンに何やってんだお前、と心底あきれ果てたように言われて腕を掴まれてしまった。その腕の力が強くて、そこから一歩も歩けなくなる。

「勝手なことしてんじゃねえよ」
「…俺が先を歩く。歩いていればこの森も、じきに抜けるさ」
「駄目だ!」

怒鳴られて、思わず身体が竦み上がった。レオンがこんなに語気を荒げることなんてめったにないから、俺は驚いて言葉を失ってしまう。しまった、というふうな顔をしたレオンはばつが悪そうに視線を逸らすと、それからもう一度苛立ったように舌打ちをした。

「…暗くなる前に抜けなきゃなんねえからな」

自分を納得させるようにそういうと、レオンはまだ掴んだままだった俺の腕を握り直して歩き出した。掴まれた手首に半ば引きずられるようになりながら、俺は慌ててレオンを追う。

「レオン!」

レオンが何を危惧してるのかは俺にはわからない。だけど、今こうして焦っているレオンにまで寄りかかるほど俺は弱くないつもりでいた。だからその手を振り払う。いつまでも守られているわけにはいかないのだ。勇者は俺で、俺は世界を救うつもりでいる。決着の場でこの命をいけにえにささげることを前提にしたこの旅で、いちいち死なんて恐れていられない。いくらレオンが強くても。いくら俺が足手まといでも。

俺はこの世界を愛しているから。せめていつ死んだって誇れるような、そんな勇者でありたかった。

「俺が先だ」
「…阿呆か!ここには強いモンスターが潜んでる、お前が敵う相手じゃねえ」
「俺は、お前が思っているほど弱くない!」

俺は黒魔導を使えるのだ。生まれ持った素質でしかそれを扱えない、凶悪な魔導。命を対価に削る凶悪な呪文。なにも究極魔法だけが黒魔導じゃない。寿命を数年削るような、今死に掛けるような、そのくらいで発動できる呪文だってある。だからいざとなったら、それを使えばいいんだ。どうせ先のない命なんだから。

もちろんレオンにはそんなことは言えないけれど、けれどせめて俺を足手まとい扱いするのだけはやめてほしかった。俺だって戦える。いつまでもレオンだけを矢面に立たせておきたくなんてない。

「見ていろ。…俺は、勇者なんだ」

唇を噛んで、俺は何か言いたげにこっちを睨みつけているレオンを無視してさっさと先に足を進めた。深い深い森。鬱蒼と茂るそこには太陽の光すらまともに届かなくて、ヒカリゴケが足元を照らしているような状況だった。森の外と較べたらモンスターも強くなっている。

けれど、だからといってそれは、俺がレオンの背中にこそこそ隠れている理由にはならない。だって俺のかわりはたくさんいるのだ。俺が死ねば九人目の勇者が立つ。うまく俺の死で魔王が倒せたならラッキーで、駄目でもともとなのだ。この国の中枢はそんなふうに考えている。そして俺は、それでよかった。あの孤児院にお金が入る。勇者を輩出した孤児院だと広まれば、弟や妹たちがいじめられなくて済む。神父様の立場だって少しは良くなるだろう。俺の命ひとつでそんな効果があるのなら、喜んで死のうという気になった。

「…ノア!」

唇を噛んで立ちつくしていたらしいレオンの声が、随分後ろでした。きっと俺がこんなに先に進んでいることに気付かなかったに違いない、地面を蹴って駆け寄ってくる気配がする。…そんなに心配されるほど、俺は弱いだろうか。たしかにレオンがほとんどのモンスターをやっつけてしまうせいでほとんど実戦経験はないけれど、雑魚モンスターにやられるほど弱くはない。なのに、戦うのはいつだってレオンだ。

俺はふいにひどく苦しくなって、そのままレオンを待たずに三叉路のひとつに駆け出した。なんでそんなことをしたのかはちっともわからないけれど、何故か俺はレオンから逃げたかった。俺の知らないことばかりするレオンに、俺がちゃんと戦えるってことを知ってほしかったのかも、しれない。














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