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16



「ラドルフは魔力を混ぜた魔石を工場主に使わせただろう?」
「…そうだな。最初の妻の家と、あとこないだの依頼人のところか」

ようやっと話し出した郁人の声に翳りがないことにほっとして、洸は僅かに目を細めた。カーテンを閉めるときに町を覗いても、兵士や騎士が駆けまわっている様子はない。あれほど暴れたのになんら動きがないということはやはり、なにかがあったのだろうか。嵐の前の静けさ、という言葉が頭をよぎる。

「あれは実験の一環だったんじゃないかと、おれは思うんだ」
「実験?」
「ラドルフは工場用の大きな魔石を横流して金を得た。相手はこの国、おそらくは政府ぐるみだろう。それは間違いないと思う。だけどわざわざ魔力を混ぜ合わせるなんてことをしたのは何故だろうと、ずっと考えていた」

ごそごそとベッドから起き上がり、郁人はソファに腰かけた。小さな火の魔石が使われたランプを灯すと、かれの輪郭が橙に染まる。向かいのソファに座り、洸は続きを待った。

「ラドルフが邪魔になった魔石の買い手が指示したのか、それともラドルフが自分で言い出したのかはわからないけど。…魔力を混ぜ合わせた魔石を普通に使うと、どんな効果が出るのか、それをやってみたんじゃないかと思うんだ」
「…たしか、最初の妻の工場は使いものにならなかったんだよな」
「そうだ。恐らくエネルギーを制御することができなかったんだろう」
「ってことは、あれか。実験は失敗」

ひとつ頷いて、郁人が僅かに考える素振りを見せる。かれは話しながら思考をまとめるタイプのようだった。頭で考えたことを洸に話すという形で整理しているのかもしれない。

「勿論、エネルギーにするためならそのままの魔石で使うのが一番いい。なら何故魔力を混ぜ合わせたのかと考えたら、山の国に対抗するためじゃないかと、おれは思うんだ」
「兵器にするってことか?」

洸が思わず大きな声を出すと、郁人はため息で応じた。肯定である。通常の使用だと暴走するエネルギーを、どうにかして一か所に纏めたら。不安定なエネルギーの放出をする魔石の危険性を、洸は間近で二度も見ている。まだ懐に入れたままの小さな魔石を思い出し、背筋がうすら寒くなった。

「ラドルフが使用したのは、同じ火の魔石のエネルギーを混ぜたものだった。同じ種類ですら暴走をするのに、風や水なんかが加わって大人しいなんて考えられない」

郁人は言うと、僅かに身動ぎをして立ち上がる。窓の外を眺めているようだった。海は見えるだろうか。それは穏やかに凪いだ海だろうか。洸はゆっくりと、その横顔を目で追う。

「今までに、魔石を兵器に使用したことは何度もあった。だが、様々な種類の魔力を混ぜ合わせた兵器はおそらく史上初めてだろう」
「…」

洸はそれ以上、かれになにかを言うのをやめた。気付いてしまったからだ。そんなおおがかりな指示を出せる人物は、ひとりしかいないということに。かれにその名を出させるのは、つらい。洸はあの男が嫌いだが、郁人にとってかれは親友だ。

「凪だろうな」

郁人は洸が呑みこんだ言葉に相槌を打つ。それからひとつ、ため息をついた。それらがまさか、故郷であるこの国で行われるとは思ってもみなかった、というのも、確かにある。それに友が関わるとは思わなかった、というのも、ある。だが根底はもっと単純で、答えなどないことが分かっていることへの不満だった。

「どうして、だれも、止めなかった」

すでに完成してもおかしくない、と先ほど郁人は言った。信用に値するとは到底思えないラドルフにまでその技術を使わせるということは、かなりの段階まで研究は進んでいるのだろう。それに山の国はじょじょに侵攻の手を強めている。それを押さえこんでいるのは東の大公だ。郁人の父である。

「確かに、おそらくその兵器は凄まじい破壊力を持つだろう。だけど昔から魔石を使った兵器ではろくなことがなかった。砦が壊れ町が焼ける。そうならないために騎士団や軍や傭兵団があるんじゃないのか。ただでさえそうなのに、火の魔力に風の魔力が加わったらどうなる?雷が加わったらどうなる?」

一気に吐き出して、郁人は仰のいた。天井は白一色、黙して何も語らない。僅かに躊躇ってから、洸は立ち上がってその肩を掴んだ。郁人は不機嫌を全面に押し出した、かれらしくもない仏頂面をしている。ラインハルトのが伝染ったんじゃないか、というと、微かに表情が崩れた。

「…ラインハルトはおそらく、その兵器を止めなければならないだろう。山の国で成功すれば、森の国にもそれを撃ち込もうとするのは当然だ。森の国には、魔の森がある」

魔石の宝庫だった。森の国にはそんな大それた兵器を作る科学力はない。だが海の国には大それた兵器に必要な魔石がないから、こうやって様々な経路から一つずつ要因を積み重ねてきたのだろう。

それが謎だ、と、郁人に教えてやるのは、とっくに諦めている。

洸は知っていた。かれが言う言葉ひとつひとつが、かれが求める謎を事実に組み替えていっている、ということを。かれは謎がないとぼやくが、それは、かれが謎をすでに解き明かしてしまっているからだ。ラドルフが何故魔力を混ぜ合わせる技術を持っていたのか。何故工場の魔石にそれを使わせたのか。魔力を混ぜ合わせてどうするのか。それらは本来、謎のはずだった。ラインハルトから与えられた欠片を、郁人の想像力と事実が繋ぎ合わせてしまっただけに過ぎない。

洸の目から見たら謎は沢山転がっているのに、郁人は謎を謎と思わない。謎がないのは、当然なのだ。

「城へ行き、凪に真意を聞かなくてはいけない。止めてやらなければ。きっと、兵器は失敗だ」
「…分かるのか?」
「おれがまだ、学校に通っていたころ。あそこの図書館には古い本が沢山あるだろう?」
「あー、あのボロいほうか」

ソファに寄りかかって、洸は何度か目にしたかれが通っていた学校の図書棟を思い出す。もとより学校で何かを学ぶ必要をあまり持ち合わせていなかった郁人にとって、その図書館は授業よりはるかに魅力的な場所に違いなかった。

「あそこは、古い軍の機密文書まで本に混ざっておいてあるんだ。その中に、同じような構想をした実験の結果もあった」
「前から思ってたけどさあ、そこって生徒が普通に入ってよかったのか?」
「しらん。おれがあそこに入るまでは、鍵がかかっていたからな。すぐ壊れたけど」
「…」

郁人のことだ。立ち入り禁止と書いてあろうとなんだろうと、気にしないでなかったことにするだろう。それについてとやかくいっても無駄だということなど、洸はすでに知っている。知的好奇心の塊を止めることなど出来ないのだ。

「そのレポートによると、異なる魔力を持つ魔石を勢い良くぶつけると、爆発が起こるらしい」
「爆発?…でも、今科学者が躍起になって研究してるんなら、そんなこと分かってるだろ」
「分かっているだろう。だが、爆発する可能性があるものを無理やり混ぜているんだ。それも、たくさん。モニカさんちの工場で見た不安定な光を覚えているか?」

覚えている。あの魔石は魔力のゆらめきが、ひどく不安定だった。洸は郁人の真意を測りかね、それから少し迷って口を挟まないことを選択する。

「たぶん、あれで成功なんだ」
「…いくら糞皇子が糞皇子だからって、そんな不安定なものぶっ放そうとするか?」
「凪は思慮深いし頭も良い。それはないだろう、だけど」

思慮深い、に思わず表情を歪めた洸だったが、続く郁人の声が真剣だったので無理やり頭を振って追い払う。郁人は微かに声を戦慄かせて、小さくそれを口にした。

「もし、切羽詰まった状況になったとしたら。…たとえば山の国がこちらの領土の中にまで侵入するようなことがあったら?」








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