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いつにもましてはしゃぐ郁人に付き合っていたら、丸二日ほどかかった汽車の旅を終えたころには洸はぐったり疲れきっていた。汽車から降ろされたのは森の国の一大資源である魔の森にほど近い、隣国との国境にある大きな山のふもとである。

「登山なんて久しぶりだな!」
「…お前、二日間喋り倒してよくそんな元気でいられるな…」

郁人が口を閉じていたのは寝ているときとものを食べているときだけだったような気すらしている。凭れかかるというような可愛らしい言葉では表せないくらいには思いっきり枕にされた肩は痺れていたけれど、文句を言ってやる気は特になかった。そして聞き逃せない言葉を口にした郁人に、洸はため息をついて声をかける。

「この山登んの」
「ああ。あの渓谷の間にあるのが目的地の洋館だ。どうやら各国から探偵を集めているらしいと聞く」
「そんな大々的なことやって、本気で事件が起きるのか?」

どうやら同じ地点で下りて山へ向かって歩き出した幾人かの人間はどうやら隣のかれと同職であるらしい。どうりで変なのばっかりなわけだ、と思いながら、洸は腰のホルダーに騎士の証である剣をつりさげた。探偵のくせに特段調査道具だとかそういったものを持っていない郁人は普段通りの軽装で、一応は羽織ったコートに隠れてしまうところにレイピアを隠し持ってはいるもののどう見てもすご腕の探偵には見えない。

「起きるだろう。少なくとも依頼人はそう思っているようだ。遺言書と遺産相続の申し出の紙はおれへの依頼に同封されていたからな」
「…」

おそらくはラインハルトら森の国の警吏との繋がりを買われたのだろうと真顔で郁人が解説をした。コピーはラインハルトに預けてある、とまったくいつの間にそんなことをしたんだか知れない探偵閣下の顔を見て、洸は苦笑いをする。羊皮紙に綴られた遺言状に書かれた遺産相続者の名前はひとり。かれの実子であるらしい。

「この相続者の上には前妻と後妻にそれぞれこどもがいてな。前妻は依頼人のこどもだと言い張っていたそうだが、密かに鑑定をしてそれが嘘だと証明できているらしい。これがその証明書だ」

そうしてもう一枚無造作に郁人が取り出したのはコピーらしい医師の鑑定書だった。他の探偵たちには聞こえない程度に潜められた声で、郁人がくすくすと笑う。

「おもしろそうだろう?」
「いいや、まったく」

黙っていれば見とれてしまう郁人の微笑みも、今の洸にとっては死刑宣告をする悪魔にひとしいものがある。苦笑いしたくなってそれすらも出来なくて、なんとなく郁人の頭をぽんぽんと撫でた。

「つうか、お前大丈夫か。辛くないか、山」
「大丈夫だ。お前は俺を甘やかしすぎる」

そろそろ山に入り、地面に斜度が出て来る頃合いである。いい加減見るのも慣れた郁人の白い腹に残った手術のあとはだいぶ目立たなくなってはきているようだったが、派手な立ち回りを出来るほど回復しているわけではない。無理しそうになったら簀巻きにして転がしておこうとわりと本気で考えている洸に、郁人は僅かに面喰った顔をした。それからいつも通り甘く笑って、丁寧に折りたたんだ先ほどの書類を洸に押しつける。

「え、なに。これ俺が持つの」
「おれが持っているよりずっと安心だからな。おそらく向こうは邪魔者は殺す心算でくるだろうから」
「さらっとなんてこというんだお前…」

額を押さえ、洸は項垂れた。今回こそは決してかれに毛筋ひとつ傷は付けさせないと胸に誓うのだけれど、郁人は勝手にふらふらしてしまうから難度が高い。とりあえずその大事な紙はしまっておいて、ひとつため息をついた。

「仕方ねえから、今回はお前の気が済むまで付き合う。で、どんな事件が起こるんだ?名探偵」
「依頼主はかつて魔石貿易で栄えた梟雄だ。前妻は事故死をしているな。ここもすこし怪しいところだ。ちなみに後妻は数年前突然暇を出されている。洋館に住むのはその後妻との子供である青年がひとり。さっき言った血の繋がっていない、前妻との間の子はそれぞれ子会社を任されているが、利益は芳しくないようだな」

僅かに口元を緩めた郁人がつらつらと流暢に語り出したので、思わず洸は半身を引く。けれどこれを頭に入れておかなければならないことを思い出し、仕方なしにあまり宜しくない記憶力を振り絞った。

「この手の場合にありがちなように、この家は骨肉の争いをしているというわけだ。遺産は全て後妻の子にやるという父親に、他の子が噛みついている形だな。それらに殺されそうっていうんで、恐らくは探偵たちに依頼を出したのだろう」

傾斜のきつくなってきた山道など意にも留めていないというふうに、郁人が弁舌鮮やかに状況を説明する。なんとか理解をして頷いて、洸はこれは郁人が好きそうな筋書きだ、と思わずにはいられなかった。まるまる小説に舞台を移しても、何ら違和のない話である。

「一応はこれは水面下で行われている話らしいからな。ここまでは恐らくは当人たちと一部の関係者しか知らないだろう。探偵たちもすべてこの話を知っているかはわからない」

おれは警察との繋がりを見込まれて、ここまで知らされているだけだからな。にっと笑った郁人が指差したのは洸の内ポケットだった。中には先ほどの紙が入っている。つまり郁人のほかの探偵は、スケープゴートというところだろうか。

「忘れるなよ、洸。今回の依頼の間、おれたちはそのスケープゴートである演技をしなきゃならない」
「…なんでまた」
「もし遺産狙いの殺人が起こると知っている人間がいると知れたら、真っ先に狙われるにきまっているからだ。お前と違っておれは寄ってたかって襲われてもなんとかなるわけじゃない」
「はいはい、心得ましたっての」

危険な橋を渡ることなんて慣れっこだ。そういった洸にちょっとだけ意外そうな顔をした郁人が、それから満足げに笑った。まるで、それでこそ俺の助手だ、とでも言いたげな顔で。










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