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カランコエ



雨の日がすこし楽しみだった。大雨の日だとシルヴァは狩りに行かないので、一日中家にいるのである。我ながら笑ってしまうような考えだとわかってはいるけれど、暖炉の炎に包まれた暖かい部屋でシルヴァの隣に座っているのは、ひどく幸せなことだと思う。

雨音は窓を閉めても容赦なく聞こえてくる。ここは山の上だから、ムラ自体も硬い岩盤の上を選んで作られている。土に吸収されない雨水は行き場を失って山の下の方へ流れていくようになっていた。よく計算されているんだなあとスグリは感心したものだ。

昼過ぎになり、昼食もとってしまうと眠気ばかりがする。シルヴァに覚えた単語をひとつひとつ言って聞かせていたのだけれど、それもむにゃむにゃと言葉尻が溶けてしまっていた。

このムラに来た当初からすれば、格段に言葉を覚えたと思う。シルヴァがとっさに口にする言葉も、少しずつ理解出来るようになっていた。たいていは危ない、だとか、気を付けて、だとか、そんな感じの言葉ばかりなのだけれど。

雨音が強くなる。ざああ、と聞こえてくる雨の音に、スグリはすこしだけ遠退いた眠気を頭を振って振り払った。

「シルヴァ」

スグリの少し伸びてきた髪を長い手指で梳りながら、シルヴァが喉の奥で返事をした。かれもまたこんなふうに諾々と時間を過ごすことが心地よさそうな顔をしているから、なんとなくスグリも笑ってしまう。目を開けていれば視線が優しいシルヴァも、緩く目を閉じているとなんだかひどく精悍で、男っぽさを色濃く感じる。笑うとけっこうかわいいのになあなんて思いながら、スグリはかれに囁いた。

「今日、晩御飯、一緒に作ろう」
「ん…」

ちょっと眠そうな声で、それでもシルヴァは肯定の返事をくれた。再び雨脚が弱まって、またしても瞼が重くなる。本格的に眠くなったらしいシルヴァがごそごそと身じろぎをした。掛布をそばから取り上げて、スグリごと身体にそれを掛ける。掛布に一緒に包まったシルヴァに抱き寄せられて、くしゃくしゃ髪をかき混ぜられる。耳元でシルヴァが欠伸をしたのが、ひどくくすぐったかった。

「寝る…?」

潜めた声でスグリが口にした言葉に、シルヴァが返してくれたのは、スグリにはまだ理解出来ない言葉だった。けれどどうにも肯定らしいとわかったのは、シルヴァの手がスグリの頭をかれの肩に載せるように動かしてくれたからである。そのとおりにかれの肩に頭を載せると、シルヴァの頭がこつん、とそこに当たった。かれの体温と優しい雨音に、スグリはとろんと瞼を閉じる。どちらが先に眠りについたかわからないくらいには早く、ふたりは午睡の海に溺れた。


目が覚めたのはすっかり外が暗くなってからで、けれど雨はまだ降っていた。並んで晩御飯を作りながら、といってもシルヴァが手際よく調理をしているのをスグリがうろうろと眺めているだけなのだけど、スグリはなんとなく嫉妬を含んだような目でシルヴァを見上げる。

シルヴァは不器用なくせに器用だ。細かい作業は出来ないのに、そのくせ豪快に作る料理は美味しい。次はなにを使うのかな、手伝えるかな、と思っているのに、スグリはサラダにする野菜の葉っぱを千切る以外にあまりやることが見当たらなかった。

「スグリ、そこの」
「あ、はい!」

そんなスグリを見兼ねてか、シルヴァがスグリには原材料のわからないすこし怪しい調味料を指差してくれる。それを取ってかれに渡そうとしたら、勢い余って手をぶつけてしまった。あっ、と思ってスグリがかれに謝るのと、かれがくすりと笑うのはほぼ同時。

「ご、ごめんなさい」
「ありがとう、スグリ」

その笑顔がひどくかっこよかったものだから、スグリはいたたまれなくなってしゃがみこんだ。鼻歌を歌いながら豪快に調味料をぶちまけているシルヴァが少し恨めしい。

シルヴァがすごくかっこいい、と気付いたのは、じつは最近のことだった。一緒にいるとほわほわと暖かい気持ちになって警戒だとか不安だとかそういったものがどろどろ溶け出してしまうから、スグリはシルヴァといるときに、あまりかれのことを意識しない。顔をまじまじと見つめるには、シルヴァの位置は近すぎた。

けれど例えばこういうときとか、あとはムラの若者たちに指示を出しているときの横顔だとか、ひどくかっこよくて見惚れてしまって、それから勝手に恥ずかしくなって困ってしまうのだ。

前はスグリのムラの女たちがシルヴァのことを話題にしてきゃあきゃあと楽しそうに騒いでいるとき感じるのは、奇妙な劣等感だった。けれどもう今となっては、シルヴァさんってすごくかっこいいよね、とか、うらやましいわ、とかすっかりこのムラになじんだ彼女たちが各々の夫の些細な愚痴なんかをいいながらいっているのを聞くと、自分のことのように恥ずかしくてたまらなくなってしまう。

「スグリ」

しゃがみこんだまんまのスグリの腕を引いて立たせたシルヴァの、目が優しい。なんだかとてもいとおしくていじらしいものを見るような目でスグリをみている。それにまたかっこいいなあ、と思ってしまって、スグリはもう一度しゃがみこみたくなった。








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