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龍太郎がめずらしく、べろんべろんに酔っぱらって帰ってきた。時間的にはそう遅くない、俺が研究のサンプル集め終わってちょっとサークルの呑み会に顔を出して、それで帰ってきてからだいたい一時間くらい。今日は飯いらない、と聞いていたから俺もここにくる必要は特になかったんだけど、見たかった映画の再放送があったのでテレビのデカい龍太郎宅に来てたわけだ。マネージャーさんがわざわざ送ってくるくらいにはべろんべろん、ってか、接待呑み会?みたいなやつだったみたいで、マネージャーさんもすごく申し訳なさそうにしてた。いやな呑み会だったから悪酔いしたんだろう。かわいそうに。

「立てる?」
「立ってるだろ…」
「立ってるけどさあ…、りゅうたろ、重いぞ」

べったり抱きつかれて俺も玄関先から身動きがとれない。マネージャーさんの前では千鳥足なだけだったのに。酒臭いこいつをなんとか居間まで運んで着替えさせてベッドに強制送還させなきゃならんのに、体格差のあるこいつにホールドされると俺はどうしようもないわけだった。ほんとに酔ってるな、ってわかるのは、こいつの腕に手加減がないからだ。ぎしぎしと骨が軋みそうなくらいには強く抱きしめられて、引き剥がすのは愚か腕を動かすことだって出来ない。意外と力あるんだよな、龍太郎。

「お疲れさん。とりあえず居間行こう、な」
「…忍」
「ん」

玄関の段差のおかげで俺と龍太郎の身長差はほとんどない。そう辛抱強く龍太郎を諭すと、足先から靴を蹴っ飛ばした龍太郎が廊下にぶつかりながら辛うじて進み出した。離してもらえなかったのでずるずるとそのまま俺も引きずられていく。細くはないはずの通路なのに左右の壁に時々ぶつかってるから、たぶんまっすぐ歩けないんだと思う。マネージャーさんが言い訳なんだけど、といって並べていた名前はもうちょう大御所の芸能人ばかりで、そういう人たちと龍太郎が呑み会を一緒にするってのがすごくて俺はだいぶびっくりした。事務所の関係の呑み会だったらしいんだけど。だから龍太郎も勧められるままに酒を呑まなけりゃいけなくて、その結果がこれだ。こいつが芸能界に入るまで、俺はこいつがこんなに前後不覚になるまで酔っぱらうってことを知らなかった。いつもしっかりしてる龍太郎だから、ちょっと新鮮だ。

「ほら、水もってくるから。離せ」
「頭いてえ…」
「そりゃそうだろ、そんだけ呑んだんだから」

なんとか拘束が緩んで、俺はようやっと龍太郎の腕のなかから抜け出した。ちょっと腕がしびれてる。龍太郎をソファに座らせて、水をコップに汲んで二日酔い予防としてマネージャーさんから貰ってある栄養剤をいっしょに持っていく。まあ手遅れだろうけど。あぶなっかしい手付きで龍太郎がそれを呑み下すのを見守って、俺はそのとなりに腰掛けた。

高校のときの一件もそうだし、前からずっと龍太郎には迷惑をかけっぱなしっていうか、面倒を見てもらいっぱなしだ。だからこういう龍太郎の世話をするときの俺は、ちょっとテンションが高い。たしか二日酔いには果物が効くらしいからあとで梨を剥いてやろうとか、明日は休みらしいから(まあこんだけ酔ってたら明日の仕事には響いてただろう)俺も明日はそばにいてやろうとか、そんなことばかり考えている。

「…しのぶ、」

掠れた声が俺を呼んだ。無駄にエロい。ていうか息が上がって胸元が乱れたこいつは存在自体がだいぶエロい。なのでちょっとビクついて顔を上げたら、ふっと龍太郎が笑ったような気がした。そんなに俺の顔が間抜けだったのか、とショックを受けるよりもさきに、その手がぐっと俺の胸倉をつかんで引っ張る。

あ、やばい。これは来る。

「―――っ、」

頭で思っていても、身体が反応を起こすまでに時間が必要だった。とっさに龍太郎の胸を押しのけるより先に俺の顎を掴んだ龍太郎が、その胸に飛び込むかたちになった俺の後頭部を押さえて俺にキスをした。熱い舌が唇の隙間から割り入ってきて、いっきに心拍数が跳ねあがる。

――龍太郎は、酔うとキス魔になる。
これは龍太郎が芸能界に入ってから知った俺のヒミツのひとつだ。どこぞの女優が整形してるとか豊胸手術してるとか、龍太郎が俺に吹き込むそういった情報もいっぱい知ってるけど、これだけはさすがに龍太郎にも言えない。マネージャーさんは特に何にも言ってなかったからたぶん呑み会の会場では自制を保ってるんだろうけど、高木龍一郎じゃなくて俺のよく知る龍太郎に戻ったとたん、これだ。まあ自然と酔ってなにがなんだか分かってないこいつに襲われるのは俺しかいなくて、でも殴り飛ばすのもかわいそうなので、俺は最早されるがままである。こんなふうになるのはものすごく悪酔いしたときだけだしな。

「ん、ん…」

舌で舌を絡め取られて、息継ぎも出来ないうちに舌先を軽く噛まれた。びっくりして目を開けると、見慣れた俺ですら腰のあたりがぞわぞわしちゃうようなエロい顔をした龍太郎と目があって、心臓が口から飛び出すかと思った。今口から飛び出したらたぶんこのまま龍太郎に食われる。それは困る。

「しのぶ」

腰にクる声で龍太郎が俺を呼ぶ。こうなるたびにそうなんだけど、龍太郎のキスはもう腹立つくらいうまくてきもちがいい。抵抗しなきゃだめなのに、ちっとも力が入んない。ずるずるとソファに押し倒されながら、首から鎖骨に滑る唇に俺は洒落になんないものを感じて何か状況を打開する道具を探した。がり、と鎖骨を噛まれて背筋がぞくぞくする。けどいやじゃない。相手は女の子じゃないのに。龍太郎だから、いやじゃない。でもこれ以上されたら、明日になっても幼馴染に戻れなくなる気がした。いつもみたいに龍太郎におはようを言えなくなる。それは、いやだ。こわい。

「…っ、りゅうたろ…!」

泣きそうになりながら名前を呼べば、俺の腕を掴んでいた龍太郎の手がびくんと跳ねた。こんな時まで反応してくれるのかってそれにびっくりして、けど拘束が緩んだのをここぞとばかりに俺は机の上に手を伸ばす。案の定さっき龍太郎が飲んだ水が半分くらい残っていたので、それを思いっきり龍太郎の顔面にぶちまけてやった。ざまあみろ。

…まあ、常識的に考えて真下にいる俺にほとんどかかったんだけどね。









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