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Beyond Good and Evil 6





次の街では久しぶりにベッドで眠れたせいか、身体の様子はすこぶるよかった。よかったのだけれど、いつもより早く――早すぎるくらいに目が醒めてしまったから、俺は朝から剣の素振りなんてことをやっているわけだ。まだ宿で朝食が出るまでは時間がある。けれど規則正しく寝息を立てるレオンのいる部屋で、ぼうっとしている気にもなれなかったから。

―――ひどく、恐ろしい夢を見た。

薄暗い夢だった。俺は泣いている。そばにはレオンがいる。俺の唇は、――俺が旅の終わりに行う命を賭けた儀式のことを、レオンに吐き出す。レオンはそのきれいな顔をひどく歪めて、いやだ、といってくれた。そして俺の身体を、息が出来ないくらいに掻き抱く。それだけで俺の胸はレオンのこころを暗雲に満たしたとは思えないくらい穏やかで、その背中に腕を回すことに、罪悪感ひとつ抱いていなかった。

このままずっと、抱きしめていてもらえたら。魔王を倒さなくてもいい、そばにいるから、いっしょに生きよう。そういってもらえていたら、きっと俺は黙って頷いた。そんな、恐ろしい夢だった。

それじゃあ俺が、なんのために今まで生きてきたのかわからない。レオンへのこのばかみたいな恋は、俺の存在意義まで奪ってしまう。俺を守るかれの背中が、振り向いて刹那俺をみてひどくやさしい顔をするかれが、そして時々浮かべるあの悲しげな笑みが、少しずつ俺を不毛な恋に追いたてる。馬鹿みたいだ。

何度目か分からない素振りの末に、手に力が入らなくなって零れたロングソードがぼとりと庭に突き刺さった。その隣に座りこんで、俺は朝焼けの町を見上げる。

俺が勇者じゃなかったら、きっとまだあの孤児院で巣立ちの日を待っていた。例えば俺がどこかの町で勉強をして教師になりたいなんてことを言っていたら、レオンはどうしていたのだろう。お前はよわっちいから町から出たらすぐ殺されるのがオチだ、なんていって、俺をそのどこかまで送ってくれたのだろうか。それとも。

「ノア」

背後から低い声で名前を呼ばれて、俺は思わず背筋を跳ね上げた。首だけ背後を振り向くと、寝起きらしくいつもよりくせ毛が奔放に跳ねているレオンが庭へと降りてくるところが見えた。まだかれがいつも起き出す時間よりは早いはずなのに、なんて思いながら弁明を考えていると、歩み寄ってきたレオンが俺の手を取り上げる。素振りのしすぎで力の入らない手だけれど素直なことに、かれに触れられてびくりと跳ねあがった。

「何してんだ」
「…素振りだ。俺も強くならないと」
「…」

掌を持ち上げたレオンが、そこにポケットから引っ張りだした萎びた薬草を押しつけた。どうやら血が出ていたらしい。じわり、と炭酸が弾けるような感覚があったあと急速に再生をした俺の細胞たちがざわめく感覚。ぽかんと間抜け面でレオンを見上げると、かれに視線をふいと逸らされた。

「これだけやったならもういいだろ。飯を食ったら出発するぞ」

俺のロングソードを地面から引き抜いて食堂のほうへと歩いていくその背中はどこか悲痛なまでの決意を湛えているように俺には見える。レオンが俺を嫌っている、ということは、ないと思う。だからほんとうに、なんでかれがその理由を俺に教えてくれないのか俺にはわからないのだ。そしてそれが俺を不安にさせ、悩ませている。せめて強くなったなら、足手まといでなくなったらレオンは俺に話してくれるんじゃないかと、俺は思ったんだけど。

「…ノア」

立ちつくしたまんまの俺に気付いたのか、レオンが振り向いた。目が合う。罰が悪くてすぐに逸らしたけれど、もちろんはっきりと目が合っていた。意志のつよいまっすぐな視線。焦れたように寄ってきたレオンは俺の手を取り、ぐいぐいと引いていく。ひどく冷たいてのひらだった。

俺のかわりに剣を振り、俺のかわりに道を開くてのひら。いままでこの手を引くのは俺だったのに。胸の奥をぎゅっと鷲掴まれたような感覚がする。俺はじっとレオンの手を見下ろして、張り詰めていた息をゆっくりと吐いた。

なにかしたいのに、かれのために俺だって助けになりたいのに、ちっともうまくいかなくて。ただでさえ剣の腕もまともな魔法の力も持たない俺は、間違いなく足手まといだ。いっそ命を削りながら黒魔術をつかってサポートをしようと思っても、レオンはひどくつよいから、俺の魔導の馬鹿長い詠唱の間にモンスターは一掃されてしまう。ならせめて強くなって、その露払いくらいできるようになりたいと、俺はそう思っていた。

レオンは俺のそんな努力を笑わなかったし無駄だとも言わなかった。それが逆に辛かった。…次に向かうのは魔の森と名高い難所。強大な魔物が坐するというそこを抜けると魔王の城がある魔都までぐっと近くなる。俺の死はそう遠くない場所まで来ているのだった。レオンのおかげで俺たちは魔物を倒せなくて足止めされることがないから、予想していたよりも早いペースで進んでいる。

「…足手まといには、ならないようにする」
「ノア」

レオンの腕を掴み、俺は固い決意をして顔を上げた。僅かに目を細めたレオンが、小さく俺の名を吐き出す。いつもならそれでこころのどこかが華やぐように綻ぶくせに、今はそれすらすこし痛い。

「ごめんな、レオン」
「…俺は、お前を足手まといなんて思ったことは、一度もない」

その目はひどく真摯だった。真実だと告げてくれていた。だからこそ。俺を、勇者を大事にして、くれているからこそ。俺はその道の先に、俺の死が横たわっているのが、怖い。

いっそただの足手まといだったら。死んでせいせいする、と思ってくれるのだったら、どれだけよかっただろう。俺の手を掴むレオンの指の力が、ますます強くなった。













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